天才賭博師VSアルカナ所持者②
(……ほう?)
夜月は目の前でアルカナを見せつける茜を見て、少しだけ興味が向いた。
数字の高い役を出したにも関わらずチップが奪われた————その理由に出されたのがそのアルカナだったから。
ただのカードではなく、ちゃんとした役割がある。それが、夜月の視線を奪うには十分だった。
「ちなみに、なんてルールを変えたのか聞いてもいい?」
「却下。アルカナゲームにおいてそこを提示されたらバレちゃうじゃん。対策されたらいけないし、それありきだからアルカナの効果は重宝されるの————まぁ、『直接的な勝敗に影響するようなルール変更』はダメだけどね」
アルカナをしまい、掌でチップを躍らせる。
その時の茜の表情は興味を示す夜月とは反対に、説明する事に興味を抱いていないようだった。
それもそうだろう。
全ての手の内を晒してしまえば変更したルールを元に対策が練られてしまうからだ。
情報とはあればあるほど勝負を有利に進められる。
事前準備、戦略の構築、隙の在処など、戦局を大きく左右してしまう恐れがあるからだ。
故に、夜月はそれ以上追及はしなかった。
だけど————
(それなら、そのアルカナの事も黙っておけばよかったものを……)
行動の矛盾に、夜月は少しだけ呆れたため息を吐く。
「じゃあ、次に行こっか!」
茜は気を取り直し、場に出たトランプを束の中に戻さずそのままトランプを配っていく。
場に顔を見せたのは『4』
夜月の手元には『K』と『6』の16
それを確認して、夜月は思案する。
(さて……どんなルールに変えられたかは明確には分かっていない。だが、さっきの勝負を考えうる限りは『数字が低い役が勝つ』みたいなものに変えたとみて間違いないだろうな)
先の勝負。
数字の高い夜月の役よりも茜の数字の低い役の方が勝ってしまっていた。
であれば、順当に考えると『数字の低い役が勝利する』と考えるのが妥当だろう。
そのルール通りであれば、この勝負は『バースト』なしの純粋の運勝負になってしまう。
なにせ、カードを増やす必要もなく、21に近づけば近づくほど負ける可能性が高くなってしまうからだ。
「……サレンダーだ」
「ん、そっか! じゃあチップを一枚貰うね!」
夜月の宣言に茜は嬉しそうにチップを回収していく。
背後の数字も一つ減り、夜月はそれを一瞥することなくトランプを捨て札の中に捨てていく。
(まぁ、これだけなら正直公平なルールの上で成り立っているものだ。それだけなら深く考える必要もない……若干配られるトランプに偏りはあるが)
バーストする危険性、下りる下りないの駆け引き、それらの可能性がなくなり減ってしまったが、それは夜月も茜も同じ条件。
駆け引きが少なくなれば夜月にとってはやりにくい状況ではあるが、それは茜も同じ事なのだ。
(だが、それだけであれば表向きはただのブラックジャックと変わらない……ルールを変更した意味が見出せない)
初手で意表を突くだけなら有効だろう。
事実、初手は夜月が意表を突かれてしまった。
(そこは置いておこう……どうせ、このルール変更は俺を揺さぶる為に作ったんだろう————アルカナ保持者様?)
配られたトランプを見ながら、夜月は意味深な笑みを茜に向けた。
茜はそれを見て顔を顰めるものの、夜月のあまりにも高い数字によってチップを手に入れる。
(この勝負、肝になるのは————)
♦♦♦
(うん、気づくよね……っていうか、気づいてもらわなきゃルールを変更した意味がないんだもん)
意味深な笑みを受けた茜は内心でそう思う。
その笑みを読み取るのは容易い。茜も、この勝負を仕掛けるほどそれなりの場数を踏んできたからだ。
(当然、海原くんは私が『数字の低い役が勝利する』って理解しているはず。そして、それがどんな意味をするのかも分かっていると思うな……)
そんな事を思いながら、カードを配る前にシャッフルするように見せかける。
シャッフルをしているようで、事実全然トランプが混ぜられていない。
シャッフルをしているのだが、一度混ぜ再び同じ位置に戻すように混ぜる。
もちろん、視線はトランプに向かないように夜月に目線を合わせ、夜月自身はおろかギャラリーにも悟られないように慣れた手つきでシャッフルをして配っていく。
そして、自分の手元に現れたカードの一枚目は『2』
もう一枚を見ればそれも同じく『2』。
『1』を除いた最も低いトランプが勢ぞろいした形となった。
(大丈夫……ここまではバレてない。じゃなきゃ、海原くんもすぐに指摘するからね)
————フォールスシャッフル。
これはシャッフルにおける一種の『イカサマ』である。
予め有利に事が進むように仕組まれていたトランプの位置を変えずに、何度も何度もシャッフルをしているように見せかける手法である。
これであれば、トランプの位置を変える事なくゲームを進める事ができるのだ。
しかも、今回行われるゲームはブラックジャック。
ある程度の役を相手に与えていればヒットされる事もなく、自分の想定した位置からズレる事もない。
加えて、今回のルール変更においてヒットする理由が皆無になってしまった。
当然、奇想天外な手を揃えられる事もなく、配置した順番は狂わない。
何せ、数字が低い役で戦う勝負になれば『初手の二枚』でしか勝負ができなくなってしまうからだ。
————茜がルール変更をした理由。
意表を突く事も目的の一つであるが、大きな部分がフォールスシャッフルをやりやすくする為。
(シャッフルは一応しているから運営局にもイカサマだと判断されない……うん、これなら勝てるね!)
勝負が終わり、再び茜はチップを回収していく。
(まだ、覚えたてで拙いかもしれないけど大丈夫……傍目から見てもそんなに違和感はないはず)
そして、再びフォールスシャッフルで自分に有利なトランプを手元に配っていった。
(それに、これが勘づかれないように疑心暗鬼も用意したからね……)
数字が低い役が勝つ。
当然、これほど明確に分かりやすいものはない。
————だが、もう一つ。
ブラックジャックには数字の優劣だけではないもう一つの役がある。
それは『ブラックジャック』。
数字で21を揃える事ではなく、『エース』と『K』によって初めて与えられるブラックジャックにおいて一番強いの役。
最強の矛であり盾。
一般的なブラックジャックであればレートは1倍から1.5倍に跳ね上がるという勝負において最も揃えたい役。
(だけど、ルールが明確にされていない以上、ブラックジャックでも勝てないかも、っていう疑問が浮かぶよね? 広義的に考えれば、ブラックジャックも同じ21なんだから!)
そう、『数字の低い役が勝利する』という曖昧で確実性のないルール変更の予想の中で、ブラックジャックという役は果たして今まで通り一番強い役に分類されるのか? という疑問を相手に思い浮かばせてしまう。
もし、ブラックジャックが成立するのであれば賭け金を上乗せするだろう。
だが、ルール変更によってブラックジャックですらも低い数字に該当するのであれば、上乗せする事はできない。
逆にサレンダーでチップの減少を避ける動きに出る方が賢明と言えるだろう。
————どちらも、今の夜月には判断できる余地はない。
そう判断させない為にも、仕組まれたトランプには『自分がブラックジャックにならないように』配置されている。
(私が変えたのは『数字の低い役が勝利する』事だけ! ブラックジャックは範囲外だから最も強い役には変わりない————だけど、君はそれに気付けないよね!? 悩んで視野が狭くなる! そうなれば、大きな勝負にでないままゲームは続いて私が勝利し続ける!)
茜が内心勝利を確信している間にもゲームは続き、ターンはどんどん少なっていく。
といっても、夜月のサレンダーが多く、ようやく夜月のチップが10枚になったところではあるが、連勝といった形で着実な茜の勝利が近づいている。
(これがアルカナ保持者の実力! 所詮、余所者が勝てる相手じゃないんだよ!)
茜はもう一度カードを配っていく。残り2ターン。
無表情を貫き焦りを見せていない夜月の顔が歪んでいくのを待ち遠しく思いながら。
茜の手元に捲られたカードは『3』
もう一枚は『4』。これで、茜は今回も勝利を得られると内心で大きく笑った。
だが————
「舐めるな、アルカナ保持者。こちとら、賭博で荒稼ぎしている男だ」
目の前の少年————夜月が、配られたトランプを見ないまま手元にあったチップを全て場に出した。
「……え?」
その行為に、茜は目を丸くする。
そして、夜月は不敵な笑みを浮かべてこう宣言したのだ。
「さぁ、このチップを全て賭けさせてもらうぞ。その驕り————敗北をもって知れ」
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