八大貴族とアルカナゲーム~天才賭博師の少年は学園で愚者になり、貴族の娘を手に入れるようです~

楓原 こうた【書籍6シリーズ発売中】

プロローグ

「どうして……どうしてなの!?」


 そんな少女の叫びが室内に木霊する。

 底が見えないほどの栗色の髪は乱れ、テーブルの上に一束が広がり置かれている黒や赤のチップを覆う。


 少女の整った顔は歪み、言葉通りの悔しいと言う形相で埋め尽くされている。


「嘆くのはいいけどさぁ……別に散財した訳じゃないだろ? たかが遊戯ゲームに熱くなり過ぎだって」


 そんな少女を、体面に座る少年はため息をつきながら見ていた。

 日本人にしては珍しい赤目に、日本人特有の黒髪。少年の見つめる先には手元のKとエースのトランプ。

 そして、大量に積み上げられた様々な色が入り混じるチップの山。


 加えて、小さな金の装飾で覆われた三角帽子を被った人物が描かれた『タロット』。

 それに対して、少女のテーブルには数枚のチップのみ。寂しさと虚しさが広がる光景だ。


「私にとっては金銀財宝よりも価値があるの————その『アルカナ』は!!!」


「そんな大事なものなら、俺を追い出す対価としてテーブルに乗せんなよ……やっぱりだわ、お前」


 今にも泣きだしそうな少女を見て余計にもため息をつきそうになる少年。

 周りで観戦していたギャラリーも、始めこそ驚き信じられないという目を向けていたが、今となっては可哀想な子を見るような目を向けている。


「カードカウンティングも禁止にしていない、チープなイカサマで慢心する……この学園ってアレだろ? 才ある若者を集めた教育機関なんだろ? だったらもう少し頭を使えよ……」


 勝利に浸る余韻もない、別に勝ったからといって喜びもない。

 ただただ、少年の表情は退屈としか物語っていなかった。


「私はこのクラスの長なんだよ! 馬鹿にしないでっ!」


長だろ……? たった今、俺にアルカナが移ったんだからな」


 そう言って、少年は手元にあったタロットを手にする。

 それを見た少女は余計に顔を歪めてしまった。


「もう少し面白い遊びをしたかったわ。ブラックジャックなんて、カジノで飽き飽きなんだよ……もう少し捻りのあるゲームをしようぜ。せっかく都市学園に来たんだからさ」


 少年は周りを見渡す。

 すると、皆は一様に顔を逸らし、少年から目を合わせようともしない。


「これが本当の賭博ギャンブルだったら……あっという間に散財だぜ? まぁ、この学園で賭博ギャンブルなんて意味がないだろうけどさ」


 その様子に、少年は嘆息ついた。


「まぁ……これさえあれば、に並べる。そういった意味合いでは、本当に感謝するわ」


 タロットを見つめる少年の表情は、とても嬉しそうであった。

 悲願、それが叶った無邪気な子供の様に————年相応の笑みを浮かべていた。


 そして————



「アルカナが動いたと聞いて参りましたが……どなたかが明星院さんを負かしたのですか?」



 突如、部屋の入り口からそんな声が聞こえた。

 ギャラリーは声のする方向の道を開くように後ろに下がり、少年の視界を開かせる。


「……お前」


 少年の視界に映ったのは一つの集団。

 ギャラリーと同じような制服を身に纏っているが、胸についている紋章の絵柄が唯一違っている。

 その紋章に絵柄には、玉座に座った女性の姿が————意味するのは、『女帝』。


 そんな集団。

 その集団の中心には、一人の少女の姿があった。


「あなたは……っ!?」


 そして、その少女は少年を見て目を見開いた。

 腰まで伸ばしたミスリルのような銀髪が揺れ、凛々しくも愛嬌のある整った顔立ちに驚きが広がる。


 だが、それも一瞬。

 すぐさま、少女の顔には笑みが浮かんでいた。


「お久しぶりですね……夜月」


「あぁ……久しぶり、マリア」


 少年も、少女も、とても嬉しそうに対面する。

 ギャラリーが突然の来訪にざわめき立つ中、それでも二人は気にせず懐かしむように対話を続けた。


「見ない間に大きくなったよな。昔はもう少しちっちゃかった気がするけど」


「ふふっ、そういう夜月も大きくなりましたね————聞きましたよ? マカオで大暴れしたそうですね」


「ドル換算で200万————これでも?」


「えぇ、そうですね……。ヴァレンシア家は、たかだか200万ドルごときでは首を縦に振りませんよ?」


 少女の言葉に少年は残念だと、肩を竦めた。



「だがさえあれば、俺はお前に並べられる。札束なんて意味を成さない……俺は月に手が届く————八大貴族という、遠い月に」


「…………」


「俺は、ここまで来たぞ————」


 そして、少年は少女を真っすぐ見つめた。

 その表情は少しばかり凛々しく、漂う空気はまるで想いを告げる為に生まれたもののように感じた。


「俺はお前を手に入れる。あの時から、俺の気持ちは変わらねぇ」


 少年の言葉は、その空気に相応しいほどの言葉であった。

 テーブルの上に並ぶトランプや、悔しそうに見つめる少女や、周りのギャラリーがかすんで見えるほどの直球ストレートな言葉。


 それに対し、銀髪の少女は————


「ふふっ、嬉しいですね……夜月が、未だにそう言ってくれるなんて。本当に、涙が出そうです」


 嬉しそうにほほ笑んだ。

 胸から取り出した小さなロケットを握りしめて、その言葉を刻むように少年を見つめ返す。


「ですが、ヴァレンシア家の人間として————負ける訳にはいきません」


「あぁ……首を洗って待ってろ、マリア」


 見つめ合う二人に、割って入る者はいない。

 過去を懐かしみ、今この瞬間を大事にし、確かめ合う。

 そして、少女はもう一度嬉しそうに笑うと、踵を返してお供と一緒に部屋から出ていってしまった。


 その姿を見送った後、少年は辺りを見渡して口にした。



「じゃあ、『愚者』のクラスに在籍する生徒諸君————」


 チップを失った少女も、傍観に徹していたギャラリーも、皆一様に少年の姿を見る。

 胸に光るのは三角帽子を被った男の絵柄。


 少年は、そんな紋章と同じタロットを掲げて、大きく宣言した。




「人生最大の大博打————全てのアルカナを、このクラスで奪取するぞ。あいつを手に入れる為……何もかもを踏み台としてやる」







 あるところに、一人の賭博師ギャンブラーの少年がいました。

 その少年には賭博の才能が有り、あらゆるカジノで才覚を示したという。


 だけど、その少年には過去に交わした小さな約束があったのです。



『必ず大きくなって————マリアと結婚してみせる』

『うん……待ってるね、夜月』



 その約束を叶える為————



「さぁ、賭博を始めよう————賭けるのは、そのアルカナただ一つだ」


 少年は、学園を動かす賭博ギャンブルを始める。

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