天才賭博師

 アメリカ合衆国、ネバダ州————ラスベガス。

 日が沈み時刻は夜を迎えたというのにも関わらず、辺りは薄オレンジ色でライトアップされ、行き交う人々はその足取りを止めない。


 ラスベガスはネバダ州最大の都市であり、アメリカ東海岸ニュージャージー州アトランティックシティと並んで、カジノなどのギャンブルで有名な場所だ。


 近年、世界では金銭を用いたギャンブルが流行しており、多くの国でギャンブルという娯楽の禁止が廃止され、多くの国で合法化し広まっている。

 ギャンブルによって行く宛を失う人間は確かに存在している————だが、それによってもたらされる恩恵もあり、カジノが盛んな街では観光客や人口が増加し、経済が活発に回るようになった。


 その流行の中でマカオに続いて急激に発展したのがここ、ラスベガスである。


 そんな国のとあるカジノで————


「ビッド」


 一人の少年が、チップを場に出した。

 アメリカではあまり見かけない東洋特有の黒髪に、幼い顔立ち。

 容姿から見て、年齢は15歳といったところか? にもかかわらず、グレーを基調にしたスーツが妙に様になっている。


「レイズ! 五枚だ!」


 卓を囲むのはディーラーを除いて五人。

 豪華なシャンデリアが照らすこの場所に見合わない服装をしている者から、ブランドで身を固めた壮年の者まで、向かい合う人間は多種多様だった。


「……ドロップ」


「私もだ」


「コール」


 一人のレイズに対して、残りの人間二人がカードを伏せる。

 それを見たレイズをした男性————あきらかに身なりが不相応な者が笑みを浮かべる。


 手元にはマークのバラバラな3~7までのトランプ。

 内心意気揚々としている原因を作っているのは、間違いなくこのトランプの所為だろう。


「……二枚」


 少年はディーラーから宣言したカードを交換する。

 その表情は無表情ではあるが、少しだけ陰りがあるようにも見える。


(ははっ! いいカードが引けなかったようだあのガキは!)


 男は少年のその陰りを見逃さなかった。

 決していいカードではないのだと、余計にも内心気持ちが昂る。


 ドロップした人間を覗き、カードの交換が終わる。


 場に出たのはオレンジ色のチップが17枚。

 他のチップより一回りも大きいそのチップは価値にして25,000ドル————日本円に換算すれば250万円。一枚だけでも大金も大金である。


 そして————


「オープン」


 ディーラーの宣言により、カードが捲られていく。

 一人はQのスリーカード、意気揚々とレイズした人間はその役を見て破顔とも呼べる顔をした。


「よっしゃっ! これで今までの負け分がチャラだ!」


 男が見せたのはストレート。

 スリーカードがよりも上の役。だからこそ、男は喜びを露わにする。

 だが————


「……ほれ」


 投げるように、少年はトランプをテーブルの上に出した。

 昂った感情が抑えきれなかった男が少年の出したトランプを一瞥する。


 すると、先ほどの喜びは何処に行ったのか……一瞬にして呆けた顔になってしまった。


「……は?」


 少年が出したのは、赤いマークのダイヤ。

 それが数字と絵柄はバラバラで、全てが揃っていた。


 ————フラッシュ。

 それが、少年の出した役である。


「なぁ、そこのおっさん……」


「……あぁ゛?」


「おっさんには、こんな遊戯ハイレートは無理だって。こんなガキが言うのもなんだけどさ……部を弁えた方がいいぜ? でないと、無一文で余生を過ごす事になるぞ?」


 少年は不敵な笑みを浮かべて男に言った。


 その横には、オレンジ色のチップが積み上げられていた。



 ♦♦♦



「いやぁ~! 流石『天才賭博師』は違うなぁ! がーっはっははー!」


 時は過ぎ、絢爛とした装飾が目立つホテルの最上階————そこにあるレストランで、目立つ赤いスーツを着た男が場も考えず豪快に笑っていた。


「うるさいから静かにしてくれない……? ねぇ、ほんと! 周りからすっごい目で見られてるからな!? ここの支払い出してやるから、本当に黙れよこのクソ野郎!?」


 対面する黒髪の少年————海原夜月うなばら よつきはこめかみに青筋を浮かべていた。

 VIPや令嬢、御曹司や財閥のトップが集まるこの場所で、マナーを弁えて席に座っているにも関わらず、上機嫌な声を上げてしまえば注目を集めてしまう。


 その視線にいたたまれなくなった夜月は、若干涙目で男を宥めた。


「ひひっ、すまんすまん————相変わらずの手腕につい笑っちまったよ」


 腹を抑え、浮かび上がった涙を拭きながら男は謝罪する。


「今日の勝ち分はざっと70万ドル————これが笑わずに何というんだ?」


「いや、勝ったの俺だし。おっさんはただ高みで見物していただけだろうが」


 さも自分の手柄とでも言っているような男に、夜月はグラスに入ったミネラルウォーターを口に含みながら悪態をつく。


(勝ったとしても、今日は相手が弱すぎただけだしなぁ……楽に稼げたし、そっちの方がいいんだけども)


 夜月は教の出来事を思い出しながらあまり嬉しくもない感傷に浸る。


「まぁまぁ、俺が保護者やってるからお前は自由に賭博できるんだ。少しは喜びを分けれくれてもいいだろ?」


 保護者の同意の元であれば合法化になったとはいえ、未成年者でも賭博ができる。


 目の前の男————榊原大輔さかきばら だいすけは夜月の保護者をしている。

 といっても、血の繋がりはない————それは、夜月が『天涯孤独の身』という理由で察して欲しい。


 ある理由で大輔は夜月を拾う事になり、こうして一緒の場所で過ごしているのだ。


「はいはい、周りに迷惑をかけない程度ならどうぞー。言っておくが、注目を浴びてしまった責任は取らせるぞ?」


「……ちなみに、どんな責任だ? 言っておくが、ここは夜月が出すって言ったからな? 俺はお前みたいに金なんかないぞ!」


「今日の宿泊代を出してもらう」


「……カプセルホテルでいい?」


 大の大人のセリフとしては何ともみっともない言葉である。


「っつーか、お前の方が金持ってんだから出してくれよー。お前がベガスに行きたいって言ったんじゃんよー」


「ごめん、おっさん……俺、あまり金持ってないんだ」


「嘘をつくな。金銭管理は俺が担当してんだ、どの口で持ってないって言ってやがる……。言っておくが、もはやお前の貯金は15歳が持っていいような金額じゃないからな?」


「ちなみに、どんくらいあんの?」


「……そろそろ百に億がつくぐらいだな」


 大輔の発言に嘘がなければ、確かに夜月のような子供が持っていいような金額ではない。

 それこそ、どこぞの大企業の売り上げを余裕で賄えるほど。子供でなくても一般人は手の届かない金額である。


「やっべ、冷静に考えたら怖くなってきたわ……何で俺、夜月に賭博教えたんだろ?」


「ありがとう、すっごい感謝してる」


「どういたしましてだ……はぁ、俺は単に小さいガキを拾っただけのつもりだったんだがなぁ」


 大輔は遠い目をして思う。

 夜月を拾った時は、単なる善行のつもりだったのに、と。


 普通の家庭を築いて、普通の生活をして、仕事に明け暮れながらも夜月を養って————最後には涙を流しながら自分の元を離れて姿を見送るはずだったのに。


 それが今となっては業界では知らぬ人はいない『賭博師ギャンブラー』になってしまった。

 連戦連勝、若輩にも関わらず天才的な才覚を見せ、徐々にレートは増えていき、カジノに集まる魑魅魍魎ちみもうりょうや阿呆達を食い物にして総資産を稼いでいく————今あるお金も、全てが賭博ギャンブルによって生み出されたものだ。


「そこは悪いと思ってるよ……でも、俺はあいつの隣に立ちたいんだ」


 そして、夜月も同じように遠い目をした。

 瞼の裏に浮かび上がるのは、麦わら帽子を被った銀髪の小さな女の子。

 手を伸ばしても届かないような……そんな存在。


「我が息子が『世界八大貴族』の娘さんに恋してしまうとはなぁ。本当に、偶然ってのは怖いわぁ……」


『世界八大貴族』


 それは、世界各国を牛耳る名家の事を指す。

 その影響力や資金力、発言力は国をも動かすと言われ、知らぬ人間はこの世に存在しない程。


 あらゆる財閥や企業はその貴族によって生み出されたとも噂があるほどで、実際に政治に関与したりとある企業が取り潰された事もあったので、あながち間違いではないのかもしれない。


「俺だって、八大貴族の人間だとは思わなかったんだよ……だって、普通に公園で出会ったし」


 夜月は、空になった皿を呆然と見つめながら懐かしむように思い出した。

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