八大貴族の娘

「ねぇ、君大丈夫……?」


 少年は一人、蹲る少女に声をかける。

 これは夜月が小さい頃の話。施設から抜け出し、一人公園で遊ぼうとしていた時、偶然小さな土管の穴の中で蹲る少女を発見したのだ。


 綺麗な可愛らしいドレスを身に纏い、艶やかな銀髪で顔を隠して足を抱える女の子。その時の夜月は「何処かのお嬢様なのかな?」と少女の姿を見て思った。


 そしてそんな女の子をつい見つけてしまった事から、夜月はつい声をかけてしまったのだ。


「……大丈夫、です」


 夜月の声に反応するものの、少女は元気がない。

 強がっているような、心配をかけたくないような、そんな気持ちがありありと伝わってくる。


 目立った外傷はなかった。

 何処か怪我をしている訳でもない。


 だけど、その少女は元気がないように見えた。

 だからこそ、夜月は放っておけず少女に声をかけ続ける。


「この公園って何もないでしょ? だから皆遊びに来ようとしないんだけど……僕、あそこにあるブランコがお気に入りなんだ」


「…………」


「もし良かったら一緒にブランコに乗らない? 絶対に楽しいからさ」


「…………」


「うーん……ブランコは好きじゃないのか……」


 どんなに声をかけても、少女は全く反応を示さない。

 自分もブランコが好きだから、きっとこの子も好きになってくれると思っていたのだが、どうも興味がないらしい。


「え、えーっと……何かで一緒に遊ばない? そうやって座っているより、ずっと楽しいと思うよ!」


 それでもめげずに夜月は声をかける。

 どうして放っておけないのかは分からない────だけど、小さな女の子が悲しい顔をしているのは、子供の夜月に眠っている可愛らしい正義感が許せなかったのだ。


「……ム」


「ん?」


「ゲーム……したい」


 そんな夜月の様子を見て何か思ったのか、少女は閉ざしていた口を開いた。

 だけど、その要望は直ぐには叶えられないものであった。


「そうだなぁ……僕、ゲーム機持ってないし、どんなゲームがしたいのか分からないしなぁ────あ、そうだ!」


 夜月は思い出し、懐から小さなケースを取り出した。

 その中には54枚のトランプのカードが詰められている。


「トランプならあったけど、これでいい? 何をするかは、君に任せるけど!」


「……ポーカー」


「……ほぇ?」


「ポーカー、したい……」


 きっと、少女が口にしたそれは7、8歳の子供が遊ぶゲームとは程遠いものだった。

 真剣衰弱やババ抜き、七並べであれば誰しもが遊べるものだが、大人でも明確なルールを知らないポーカーなど、子供の口から出てきたとなれば驚きだろう。


 だけど────


「うん、いいよ!」


 夜月は、知っていた。

 遊ぶ機会があって、その際に覚えていたのだ。


「……ほんと?」


「本当だよ! でも、僕は強いよ?」


 無邪気に笑う夜月に、驚く少女。

 だが、その表情は沈んだ顔から徐々に晴れたような顔に変わっていく────


「……ありがとう」


 その言葉を聞いて、余計にでも笑みを深めた夜月は土管に入り、少女と対面するように座ってトランプをシャッフルしていく。


「せっかく遊ぶからさ────名前、教えてくれない? 僕は海原夜月って言うんだ!」


「私は……マリア・ヴァレンシア」


 ────その時の夜月は、彼女の名前が『八大貴族』の一家と同じだとは知らなかった。



 ♦♦♦



「思い返してみたけど、やっぱり八大貴族が公園にいるとは思わないって。何処かのお嬢様かなーとは思ったけどさ、まさかその頂点だとは……」


「いや、お嬢様の時点でもう少し考えろよ? おじさんとしても、息子の遠慮と怖いものなさには脱帽するわ」


 過去を思い返し、懐かしんだ夜月は少しの言い訳をする。

 何に対してかは分からないが、とにかく言っておきたかったのだ。


「そんでまぁ、好きになっちゃって……一途な恋愛は嫌いじゃないぞ? だけど身分が違いすぎる事を理解して欲しかったな」


「だからこうやって金を集めてるんだ。あいつの隣に立つ為に────正直、それ以外で金に興味はない」


「その割には、こんな高い場所で飯食ってるけどな」


 フォークとナイフを慣れた手つきで動かし、少量だが盛り付けられた肉を頬張る大輔。


「だが、正直な話を言えば全然金が足んねぇぞ? 八大貴族っていうのは『億』程度で動かせる相手じゃあない。土俵にすら上がってねぇよ」


「分かってるよ、そんぐらい……」


 夜月の表情が沈む。

 それほどまでに、約束を交わした女の子を思っているのかと、大輔は少し申し訳ない気持ちになった。


「悪いな、冷たく言っちまってよ」


「いや、本当におっさんの言う通りだからさ……正直、カジノで稼ぐには限界が来てると思ってる」


 カジノが流行になってからは、昔のような『勝ち過ぎたから狙われる』なんて事はない。

 そうなれば、そこのカジノの信用性を失い、客足が減る恐れがあるからだ。


 だが、襲われないからといって勝ち続けていると、店側から別のアクションが取られてしまう。

 ルーレット、スロットなど、運や店側が絡む要素が加われば、店側も損失を出さないように変に操作したりする事があるのだ。

 もちろん、証拠が残らないように上手くするのだが。


 ────そうなってしまえば、必然的に金は集まらなくなる。

 加えて、カジノで稼げる額ではいつまで経っても金額的に届かない。


 夜月が手にした金額は大金ではあるものの、『八大貴族』からしてみればはした金なのだから。


「……そんなお前に、俺から一つ提案がある」


 大輔は真面目な顔つきになり、懐から一枚の紙を取り出した。

 そこに書かれてある内容はただの学校のパンフレット。


 どうしてそんなものを取り出したのか? 疑問に思う夜月。

 だが、それでも大輔は言葉を続けた。


「ここは日本の東京にある高校でな────名前を『都市学園』と言うんだが、そこでは各国からのお偉いさんや財閥の子供達が集まる場所なんだ。噂によれば────そこに必ず、八大貴族の子供は入学するそうだ」


「……ッ!?」


 その言葉に驚く夜月。

 その目と耳は一気にパンフレットに食いついてしまう。


「各国の優秀な若人を輩出させる為に作られたこの学園は、結構色々変わっている────最新の技術を搭載した『アルカナ』というシステムを使って、教育を施されているそうだぜ」


「…………」


「詳しくは俺も分からんが、そのアルカナがその学園では最も重視され、将来に大きな花を添えるそうだ。そして、そのアルカナは『集める』事を目的として採用いるらしい」


 大輔もよく分からないのか、時折頭をかいて噛み砕くように言う。

 だが、夜月はそれでも真剣に耳を傾けた。


 ────『八大貴族』の子供が通っている。


(つまり、アリアもここに通っているという事になる!)


 同い歳のアリアは、通常であれば学園に通っているお年頃。

 それだけで、気持ちが昂ってしまう。

 今まで数年会えなかった事が、夜月の感情を刺激する。


「そして、そのアルカナを集めた人間は────八大貴族に迎えられるそうだ」


「マジか!?」


 その言葉に、思わず夜月は声を上げて立ち上がった。

 ガタン、と椅子が倒れ、周囲の視線が再び夜月に注がれる。


 その視線のおかげで我に返った夜月は、周囲に頭を下げ椅子に座る。


「じゃ、じゃあ……俺がそのアルカナってやつを全部集めれば、八大貴族に────アリアに届くのか!?」


「それも可能じゃないか? ……ただ、言っておく────。それだけは、覚えておけ」


 過度な期待を抱かないように大輔は忠告する。

 だけど、そんな言葉は夜月には届かない。


 何故なら、


(やっと……道が見えたぞ!)


 パンフレットを握り締め、胸元から小さなロケットを取り出す。

 そこに入っているのは小さな写真。黒髪の少年と銀髪の少女が並んで笑顔を向けている。


 やっと、会える。

 やっと、道が見えた。


 その事が、嬉しくて仕方なかった。


「はぁ……天才賭博師が賭博に勝った時よりも、こっちを聞いた時の方が喜ぶなんてなぁ。全く、世の中の賭博師が泣きそうだ」


 だが、そう呟く大輔の表情は笑っていた。

 これでも、長い間ずっと夜月を親のように見守ってきたのだ。


 子供がこうして喜んでいる。

 大金が懐にあるからこそ、金より嬉しく感じるものが世の中にはあるのだと、大輔は実感した。


 そして、大輔は息子のように思ってきた夜月に、最高で最大のプレゼントを投下した。


「実はカジノで出会った富豪のツテでその学園に転校できるようにしたんだが……夜月、入学するか?」


 大輔とて、いつも夜月がカジノで賭博をしている姿を観ている訳ではない。

 夜月の為に自分にできる事────情報集めやコネ作りなど、各方面で動いていたのだ。


 その努力は────


「ありがとう、!」


 その言葉によって、報われた。

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