学園長
時は過ぎ、東京。
吐く息こそ白くはならないものの、少し肌寒くなり、上着を羽織らないと震えてしまう。
「でっけぇ……」
そんな言葉を漏らしてしまう夜月。
見上げた先には自分の背丈を三倍したような程の高さの校門。
派手やかな装飾はないが、頑丈な作りと貫禄のある模様が『立派』だと物語っている。
────そんな場所に足を運んだ夜月。
いつも着ているスーツではなく、年相応の学生服。少し金の柄が袖口にあり、高価なものなんだろうな、と夜月に思わせた。
「ここまで長かった……」
夜月は見上げながら、何故かしみじみと思う。
思い返すのはあのラスベガスから今日までの出来事。
中学もまともに通っておらず賭博に浸っていた為、毎日朝昼晩教材と睨めっこした日々。
最低限のマナーと保護者である大助面談員との面接指導。
勉強が大の苦手な夜月にとっては本当に長く感じた時間であった。
……まぁ、実際のところは一ヶ月も経っていないのだが。
そして転入試験を終わり、夜月は本当に最低限の試験だけで無事学園に入学する資格を手にする事ができた。
後は、この門を潜るだけ────
「やっと、やっと入れる……」
胸に光る紋章。
三角帽子を被った男の絵柄が刻まれており、入学前に説明されたのだが、どうやら『クラス』を示すものらしい。
「……おっと、とりあえず学園長に挨拶しに行かなきゃいけないんだった」
入学前に呼び出された事を思い出した夜月は、感傷に浸る事をやめ足を踏み出した。
まず、目指すべき場所は学園長室だ。
♦♦♦
「……待っていたぞ、少年」
そして、学園長室と思わしき場所に辿り着いた夜月は、一人の女性と相対していた。
赤い絨毯が敷き詰められたこの学園長室は、何故かそこら辺の教室よりも広い。
壁際には夜月が理解できないような彫刻や壺が並べられ、天井を見上げれば何故かシャンデリアが浮いていた。
威厳と地位をこれでもかと見せしめるような部屋。
その中央奧────そこで、大きな丸椅子に座る女性が夜月に向かって言葉を投げた。
「……」
夜月は、開いた口が塞がらなかった。
「ふふっ、やはり驚くか……ここにある物は知る人からすれば喉から手が出るほどの一物ばかり────流石、
感心したような、そんな表情を見せる女。
だが、夜月はせっかくのお褒めの言葉も右から左であった。
「南城から話を聞いた時はただの興味だけだったが……うん、本当に君は入学するに値する資格を持っている」
そんな夜月をスルーして、女は言葉を続けた。
マリッジブルーのような髪に、透き通った碧眼。大人びた表情に対して可愛らしい顔立ち。
夜月は、そんな女の造形に目を奪われていたのではない。
高価な一物に、驚いているにではない。
端的に、ストレートに言うなら────
「警備員の人に教えてあげないと」
「おい、待てコラ。私を迷子の子供だと思ってその発言が出たんだろう、貴様?」
目の前にいる女が、あまりにも小さ過ぎたからなのだ。
「大丈夫、俺って初めてここに来たけど、絶対にお母さんを見つけてあげるから。これでも面倒見のいいお兄さんで昔は有名だったんだ」
「そんな話を今持ち出すなこんちくしょう。本気で叩き返してやろうか、平民が」
「あ、でもおままごとには付き合えねぇんだ。やった事ないから」
「しまいにゃ、お前を警備員に突き出すぞ此畜生?」
そう言って、夜月の目からは少女にしか見えない女が額に青筋を浮かべた。
どうしてそんなに怒っているのか? 善意お節介優しさしかアピールしていないつもりの夜月は首を傾げる。
「……いや、本当に。久しぶりにここまでコケにされたよ。あぁ、全く……今すぐここで退学にしてやろうかこのガキは」
疲れた表情を見せる女に、夜月は徐々に違和感を覚え始めた。
信じられないけど、もしかたら────そんな疑問だ。
「……もしかして、本物の学園長様で?」
「その考えに至るのが遅せぇんだよ、クソ平民が」
そして、その違和感はどうやら正しかったようだ。
♦♦♦
「……さて、私の自己紹介は必要かね? 評価が既に地に落ちた少年?」
「……どうか、矮小で愚かなわたくしめにご教授して頂けますと幸いです」
中央に置かれたテーブルを挟み、足を組む女にこれでもかというぐらい頭を下げる夜月。
自分よりも一回り小さい女に頭を下げる今の夜月の姿は何故か滑稽に見えた。
「では名乗ろう……私は八大貴族が霧ヶ埼家当主————
その女————青葉は、八大貴族と名乗った。
世界を統べる力を持つ貴族格の一家の長を務めると、そう告げた。
その言葉に、思わず反応してしまう夜月。
だが、表情には出さず無表情を貫く。
「……動じないのだな、お前は」
「生憎、ポーカーフェイスは俺の十八番ですので」
そう言いながら、夜月は内心愚痴る。
『八大貴族を狙っているのに動じて堪るか』と。
「流石は天才賭博師? だったか……大体の奴らはその名前を聞いて狼狽えるんだがな。そこだけは褒めてやろう」
「ありがとうございます、って言っていいのかね?」
「素直に受け取れ。私が平民を褒める事など滅多にないのだから」
青葉は足を組み直し、片手で一枚の紙を躍らせる。
そこには夜月の顔と略歴が記されていた。
「まぁ、開口一番で容姿を馬鹿にしたのは許せんがな。これでも私は34だ」
誰もが耳を疑いそうな台詞だな、と夜月は思った。
「なんだ、その目は? 疑っているのか?」
どうして分かったのか、とも思った。
「はぁ……こんな平民を入れてしまうとはな。少し後悔し始めたよ————だが、一度決定を下したものを再び覆すのは霧ヶ埼家の人間として許さん。故に————」
そして、そんな事を思っている夜月を置いて、青葉は両手を広げた。
「ようこそ、都市学園へ————我が学園は、君を迎えよう」
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