疑われる夜月

 男子の群れを掻き分けるように現れた少女。

 皆の視線が一つ────その少女に集まった。


 艶やかな長い栗色の髪を靡かせ、雪のように白い肌、端正な顔立ち、透き通るような碧眼がその存在感を醸し出している。


「君、見ない顔だけど誰? もしかして偵察スパイ?」


 少女が夜月に対して鋭い目を向ける。


『確かに、コイツ誰だ?』


『見ない顔だな……』


『どうしてこの教室にいるんだ!?』


「お前らが連れ込んだんだろうがっ!?」


 我に返った男子達に何かがキレる夜月。

 是非とも過去の行動を振り返ってから発言して欲しいと、切に願った。


「いや、偵察スパイって訳じゃないんだが……とりあえず、今日からこのクラスに転入する事になったんだ」


 夜月は荒上げる声を落ち着かせ、冷静に戻る。

 できるだけ気さくに、表情は柔らかく。人間、第一印象が大事なのだ。

 どんな環境にいようとも、我を通せる人間はそれだけの力と威厳を持った人間で、臆病さや弱腰、力を持ってない人間がふんぞり返ったところで、そういった環境からは淘汰されてしまう。


(何か明らかにこいつがこの環境のリーダーっぽいし……)


 ────これは、魑魅魍魎の大人が蔓延るカジノという環境で、子供の夜月が生き抜いていく為に身につけたスキル。

 環境に上手く適応し、まずは

 そうすれば、新しい環境においても後ろ指さされる事なく動ける。


 そして、環境に適するにはその環境の中心核と親密になっていれば適しやすくなるのだ。


 故に、夜月は目の前の少女に態度を変えた。

 周囲の静まり具合、耳の済ませ方と空気の変化────その少女が現れた事によって大きく変わった事によって、目の前の少女が『リーダー格』と確信したのだ。


(環境に適しておけば幾らでも事は可能だからなぁ……。下手からすくい上げる事ほど楽なもんはないし)


 だからこそ、夜月は柔らかい表情と少しだけトーンを上げた声で目の前の少女に接する。


「転入生……?」


「そうそう────俺は海原夜月。今日からこのクラスに在籍する事になったんだ。もしよかったら、仲良くしてくれ」


 そう言って、夜月は手を前に差し出す。

 夜月自体、このやり取りに大した意味など求めていない。今時、よろしくの拍子に出される握手など胡散臭さしかないからだ。


 だけど、しないとするのでは大違い。

 下手に出た人間が後に影響を及ぼすにあたって、を行わない事には影響を与える事すらできないのだ。


「そっか……転入生ね」


 目の前の少女は、少し思案するように顎を持つ。

 宙に浮いた夜月の手が寂しくなるものの、夜月はそのまま柔和な笑みを続けた。


 そして────


「……やっぱり、転入生なんて嘘」


 目の前の少女は、夜月の手を払い除けた。


「……え?」


 夜月は払い除けられた手を見て呆然としてしまう。

 だけど、そんな余韻も目の前の少女によって遮られてしまった。


「もし、転入生が来るならの私に話が来ない訳がないもん。それに、都市学園に転入生なんて滅多にないからね……今頃ならなおさら。だってそろそろ三学期に入るんだよ?」


『そうだよね……』


『確かに、今時に転入はおかしい……』


『やっぱり偵察スパイか!?』


 少女の発言によって周囲の疑いが一気に向けられる。


「はっ!?」


 夜月は、その事態に驚いてしまった。

 どうしていきなり疑いの目を向けられているのか? 今の時期に転入する事になったのも単に入学の話が持ち上がったのはその前だった為であるし、連絡の不備も夜月には知らぬ話であったからだ。


偵察スパイくん! どんな理由で潜り込んだかは分からないけど……絶対に排除してやるんだから!」


「いや、いやいやいや!? 俺ってば本当にこのクラスに転入してきたんだって! その証拠に────ほらっ!」


 そう言って、夜月は胸につけた腕章を見せた。

 青葉の話によれば、この紋章こそがクラスを示す証になる為、偵察スパイではなく本当に転入生だと証明できる。


 だけど────


「……それ、?」


「どうして信じてくれないの!?」


「単純に、奪ったか転入生かって選択肢を見せられて、信憑性を一番感じたのは奪った方に傾いただけ。多分、この場にいる全員がそう感じるよ?」


 夜月は少女の言葉に周囲を見渡す。

 すると、周囲の面々は首を縦に振っていたり、夜月を怪しむような目を向けていたりした。

 その様子は完全に、少女の言葉に賛同しているものだった。


「そんなに信じられないなら学園長に聞いてみろよ!? もしくは担任の先生とか!」


「八大貴族様に聞ける訳ないじゃん! そうやって誤魔化そうとしても無駄なんだから!」


「どうしてそう決めつけるの!?」


 あまりにもとりつく島もない。

 周囲も「そーだ!」「偵察スパイに決まってる!」「きっと女帝のクラスよ!」などと喚き立ててしまっている。


(ただ転入先のクラスに来ただけなのに、どうしてこうなる……俺は一体何を間違えた!?)


 学園長に言われ愚者のクラスへと赴き、謎の男子集団に強制的な野球挙をさせられ、あまつさえ偵察スパイ呼ばわりされてしまう。

 本当に何処で選択を間違えたと、クールが売りな天才詐欺師は頭を抱えてしまった。


「……ふんっ! どうせ愚者のクラスだから余裕だって思ってきたんだろうけど────私がいるからにはそうはさせないんだから!」


 そして、頭を抱える夜月に対し、少女は懐から小さなタロットを取り出した。

 そのタロットに描かれているのは胸の紋章と同じ三角帽子を被った男。


 ナンバー【0】。

 愚者。


 そのアルカナである。


「私────明星院茜みょうじょういん あかねは君にアルカナゲームを申し込む! 賭けるのは、君の退学に対し、私の『愚者』のアルカナだよ!」

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