愚か者のクラス
「……ここが、『愚者』のクラスねぇ?」
学園長室から出た夜月は一つのクラスの前へとやって来ていた。
教室の入り口にははっきりと『愚者』と書かれており、何とも初めてやって来た夜月に優しいものであった。
だが、同時に思う————
「なんか、正面から堂々と愚か者って言われている気がしてならん……」
もしかしなくても、馬鹿にされているのではないか? 青葉に堂々と言われた夜月はそう感じてしまった。
「……まぁ、ここでいつまでも立っている訳にはいかないし、さっさと中に入るか」
天才賭博師の少年は緊張などといった様子を見せず、教室の扉を開いた————
『『『『『やぁ~きゅう、す~るならっ!!!!!』』』』』
……まず、そんな雄叫びが夜月の耳に聞こえた。
同時に視界に入ったのは男子が半裸になってじゃんけんをしている姿。
「……(ゴシゴシ)」
夜月は、見間違いだと目をこする。
気の所為だ、そうに違いないと、そんな願いを込めながら。
そして、再び教室の中央に向かって再び目を開く。
『『『『『あいこっ、セーフ、よよいのよいっ!!!!!』』』』』
「……Really?」
信じられない光景だった。
いくら目を閉じて開いても、視界に映るのは半裸の男子が今脱ぎ始めている姿。
夜月はありえないと、一度教室に出てクラスが間違っていないとプレートを確認するが、残念な事に『愚者』と鮮明に刻まれてあった。
『うん、この紅茶美味しいね』
『はい、先日実家からいただいた紅茶ですから』
『このお菓子も甘くて美味しいですわ』
更には、そんな男達の離れたところで優雅にティータイムに興じている女子の姿。
半裸の男子が同じ空間にいるのにも関わらず、何故か自分達の空間を形成していのが、余計にも信じられない。
(はて、俺は飲み会終わりのコンパにでも来ているのだろうか?)
ここは都市学園。
各国の財閥の子供が集められ、最高の教育を施される場。
だが、現在進行形で目の前に広がるのは、二次会終わりに興じるコンパの様子そのもの。
教師の姿は見えず、本当に中にいる人間は自由を謳歌していた。
『おいっ! あそこに服を着ている人間がいるぞ!』
すると、一人の男子が夜月の姿を捉えた。
それに合わせ、周りにいた男連中も一斉に夜月の方に顔を向ける。
「……俺?」
背中に嫌な悪寒が走る夜月。
何故か、回れ右してこの場から離れたい気分であった。
『脱がせっ! その白い肌を俺達に見せろ!』
『服を着ていいのは勝者のみだ!』
『男は脱ぐべし! それが俺達の掟!』
「ちょ、待て!?」
そして、ツッコミどころの多いセリフを口にしながら、男達は一斉に夜月に向かって襲い掛かった。
半裸の男子が必死の形相で迫る————同じ男として、身もよだつ気分である。
故に、夜月は反射的にその場から背を向けるが————
『かぁくほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!』
『さぁ、俺らと一緒にやろうぜ!』
『男らしい筋肉を見せてみろっ!』
「いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
まさに一瞬とも呼べる早業により、夜月は確保されてしまった。
残念な事に、カジノに入り浸っていた夜月には、運動能力は今まで養われてこなかったのである。
♦♦♦
「だぁぁぁぁぁぁっはっはぁぁぁぁぁぁぁ! こと心理戦で俺に勝てる人間などいないのだっ!」
それから三十分後。
夜月は、爽快な高笑いを教室中に響かせていた。
『くそっ! これで八連勝だと……っ!?』
『誰か! 服が残っている人間はいないのか!?』
『早くこいつの服を脱がせろ!』
「やれるものならやってみんしゃい! じゃんけんだろうと何だろうと、賭博という服を賭けた勝負で俺が負ける訳がない!」
膝をつき悔しそうな表情を見せている男達の中心には、何の需要もない男の肌を見せていない夜月の姿が。
先程までそのテンションに引いていたのにも関わらず、今は周囲のテンションに呑まれてしまっている。
順応能力が高すぎて、どうにも反応がしづらい。
「よっしゃ! 今度は俺が相手をしてやる!」
そう言って、また新たに夜月の前に男が現れた。
パンツが一枚にカッターシャツが申し訳程度といった形で残っている。
「脱がしてやんよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉそのシャツを!!!」
本当に、順応し過ぎである。
『『『『『やぁ~きゅう、す~るならっ!!!!!』』』』』
そんなコールが始まる。
純粋な野球拳。その勝負内容は至ってシンプルな『じゃんけん』である。
『『『『『『こぉいうくらい、しなさんせ~!!!!!』』』』』
男は拳を引いて構えを取る。
夜月も男に合わせ、拳を引いて構えた。
『『『『『あいこっ、セーフ、よよいのよいっ!!!!!』』』』』
そして、両者が一斉に拳を突き出した。
だが、よくよく見れば————本当に、気づかれるか気づかれないかぐらい……夜月の方が、若干出すのが遅かった。
(指が開く……だが、小指の筋肉は開く予兆はない————つまり、チョキだ!)
上がるテンションの中でも、夜月の頭は至って冷静だ。
夜月の反射能力と洞察能力————賭博で稀に見るイカサマを見破る為だけに培われたその能力は、例えじゃんけんであっても充分な効果を発揮する。
動作を遅らせ、相手の動きを観察し、そこから『何を出すのかを読み取る』。
そして、少し遅れたタイミングで読みとった上での手を繰り出す。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁっ! また負けたぁぁぁぁぁぁぁっ!」
男はチョキ。
夜月はグー。
結果として、男の悔しがる表情と共に、その能力で勝利を掴み取った。
『おぉぉぉぉぉぉっ! これで全勝だ!』
『すげぇ! 何者だ、こいつ!?』
『無敗神話が、ここに誕生したぞ!』
教室という狭い空間で、最高潮に湧き上がる。
口々に初対面の人間は夜月を称え、それぞれが半裸で両手を上げて笑顔を見せていた。
その姿を見て夜月は————
(俺、何してんだろ……)
ふと、我に返りひっそりと涙を流していた。
今日から、夢に向かって一歩を踏み出したはずなのに————蓋を開けてみれば全力で野球拳をしてしまった。
その事が、阿呆らしくて泣けてしまったのだ。
「ちょっと、そこの君!」
夜月が涙を流していると、男達の向こうからそんな声が聞こえた。
「君……初めて見る顔だよね? ここで何をしているの?」
野球拳をしていた————なんて、夜月は言えなかった。
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