第49章

 あれ。意外とセリヤ先生、真面目なこと言ってる……セリヤ先生って、チャラそうに見えて、割とちゃんと先生なんだな……


 その後もブーブー文句言っていた陽キャ女子軍団をすっかり黙殺し、高校生活一日目の授業がスタートした。


 初日ということもあって、目立った動きをする人もだいぶ落ち着いて、平和な時間が流れた。さすがに授業中に話しかけてくる人なんていないし。


 学食でモモちゃんと楽しくお昼を食べ、あっという間に一日が終わる。


 終わりのホームルーム。セリヤ先生はぐるっとあたしたちを見渡して、どこか熱のこもらない瞳で淡々と次の日の予定を言い渡していた。


「よし、じゃあ今日は終わり。寄り道せず帰りなさいね」


 その言葉をきっかけに、一斉に席を立つクラスメイトたち。あたしは隣の問題j……ごほん。カナデくんに何か声をかけられるより前に、ささっと立ち上がって目立たないように教室を出て行く。


 正直、今はモモちゃんに見つかるのも勘弁願いたい。このミッションは、静かに、迅速に行う必要があるのだ。


「あっ、エリカ……!」


 案の定カナデくんが廊下まで出て何やら言いかけたが、あたしはすかさず「また明日ね」とだけ言ってカナデくんの行動を封殺した。


「あ、ああ、うん。また明日」


 何かの声かけをしたそうな雰囲気が漏れ出ていたが、致し方ない。ここで止まっていては目的を果たせない。


 あたしはカバンを抱えたまま、廊下を足早に過ぎる。


 学校の構造はだいたい頭に入れてある。階段を降り、最速で目的地に向かう。


「あった……」


 扉の上のプレートには、『保健室』と書かれていた。


 そう。あたしの目的は、巨乳保険医に会うこと。


 会ってどうにかなると思ってないし、何かがあるとも思わないけど、眼鏡くん――ハルオくんが変容する原因を作った花を渡した巨乳先生にも何か話を聞きたいというのは、避けられない好奇心だった。


 あたしは扉の前で一つ息を吸い、トントンっ、と扉をノックする。


「はぁ~い。どぉぞ~」


 まったりとした甘ったるい声が聞こえて、あたしは意を決して扉を開けた。


「なぁに、ケガ~? ダルい~? もう授業終わったんだから家帰ったほうが早いわよぉ」


 巨乳先生は胸元までガッツリあいた黒いミニワンピースをぴったりと体に沿わせ、その豊満なスタイルを堂々と見せつけつつも、養護教諭らしく白い白衣を身にまとっていた。


 しかし先生は養護教諭らしからぬ真っ赤な爪をいじりながら、ダルそうに言い放った。


「いえ、あの……聞きたいことが」


「ん~?」


 そこでようやく巨乳先生はこちらを向いた。白衣の胸ポケットに、手書きの丸っこい字で『穂華ほのか』と書かれている。なるほど、ほのか先生ね。


「先生、入学式のときなんですけど」


「先生なんてテレる~っ! ほのかちゃんって呼んで~」


 ……ほんとにほのかちゃんって呼んでやろうか。


 つかみ所のないフワフワしたひとだなぁー。こんな人から何か情報が得られるんだろうか……


 それでも、今手がかりはほのか先生しかない。あたしを狙ってるひとの手がかりに、何かつながるようなモノを持ってないかい、ほのかちゃん!?


「あのっ、入学式のとき紙の花を生徒につけてましたよね!」


「ん~? あーあれね~。毎年のコトだよぉ~それがどーかした?」


「あの花って、どなたが用意しているんですか」


「どなたが、って……だいたい上級生の学級委員を中心に、有志が集まって手作りしてるみたいだよぉ。みんなすっごいよねぇ~新入生のお祝いにって、センパイががんばってるんだよぉ!」


 おぉ、それはなんともほっこりする情報……


 ほっこりするけれど、あたしは明らかに肩をガクンと落としてしまった。生徒の手作り……そこに手がかりがあるようには思えない。


「そうですか……」


 あたしは勢いづいてきただけに、なんだかどっと疲れてしまって保健室の丸椅子に座り込んだ。その様子を見ながら、ほのか先生が首をかしげる。


「どったの~、あのお花そんなに気に入ったのぉ?」


「いえ、そういうわけでは……」


「やっだあ、これからガンガンぶち上がってく女子高生のくせになんか疲れてるぅ! 仕方ないなぁ、ほのかちゃんがお茶入れてあげるねぇ~トクベツだよぉ?」


 ほのか先生はおしりをぷりぷりさせながら、一口だけあるガスコンロに火を付けてヤカンに水を張り、お湯を沸かしてくれた。


 これからガンガン、ねえ……そういうきらびやかな一般女子とは、あんまりご縁がないと思うけど。


 しかし、男子生徒に媚び媚びなイメージのほのか先生も、実際に接してみると普通にいい人だ。疲れてるあたしを気遣う心の余裕まである。


「はい、ドーゾ! ほのかちゃんオススメのジャスミンティーだよぉ」


 シロクマのカップになみなみと注がれた、薄い黄金色の液体。爽やかなジャスミンの香りがほんわりと広がる。


「ありがとうございます……」


 あたしは頭を下げながら、そのカップを受け取った。ほのか先生も同じお茶を真っ赤なカップに入れて、こくりと飲む。


「なぁんかよくわかんないけどさ~。十代の今頃って、イチバン悩むよね。悩むのってめっちゃしんどいけど、フダンそこまで頭痛くなって真剣に考えるコトって、あんまないじゃん? 悩むタイミングって、未来を考えるタイミングなんだよね~」


「未来を、考える……」


「キミが何に悩んでんのかはわかんないけどぉ、見た目マジメっぽいからあんまり思い詰めんなよ~。そのためにアタシがココにいるんだからさぁ」

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