第13節

「――はぇ!?」


 唐突な霆門の言葉に、慌てるあたし。


 え、こいつ今なんて言った? かわいい??


「当たり前じゃないですか霆門、エリカさんはずーっとかわいいお人です」


「ふん、今まで仏頂面でわからなかった」


「まぁ~! 霆門は見る目がありませんねー!」


 なんだか二人にわいわい言われているけど、あたしは気恥ずかしくって思わず下を向いてしまった。


 かわいい? あたしが?


 人生で一度も言われたことのない言葉に、どう対処していいかわからずに居心地が悪い。「ありがとう」? いや、そんな上からお礼言えるほどの容姿じゃない。「そんなことないです」? ううん、言うタイミングを完全に逃してしまった。


「ったく、こいつのことなんぞ今はどうでもいい! 闇は祓ってきたのか」


 どうでもいい。その一言に(なぜか)むかっとする胸を抱えたまま、それはそれで気になることだったので、ナオさんを見やった。


 先ほどまでデレデレした顔だったナオさんは、ふと笑みを止めて居住まいを正した。


「ええ。祓いはしましたが、完全ではありません。一部はまだ、エリカさんの中に残っているはずです」


「えっ……」


 あの闇が、まだあたしの中に?


 ナオさんに言われて、先ほどまでの浮ついた気持ちがひんやりと冷えた。


 言われて自分の胸を見てみても、同じ年代の子より控えめだってことくらい。あの闇のにおいも、どこにも残っていないけど……


「この呪いは、あなたが幼少の時に仕掛けられたものでしょう。巧妙に、魂の奥の奥に隠してあった。高位の祓い師や陰陽師も、なかなか見つけられないでしょう……」


「はらい、し……??」


「闇を祓うなりわいの方々ですよ。この呪いは、エリカさんから他者を遠ざける。あなたにまつわることで、他人が不幸を被ることがあったのでは?」


「はい。確かに……でも、それはあたしを傷つけようとした人たちばっかりで……」


「危害を加えようとすれば、そちらの守護獣くんが守ってくれていたでしょう。だからあなたはこの年まで生き延びた……けれど、そもそもなぜあなたは危害を加えられてきたのでしょう。あなたは、何も悪くないのに」


 ――ああ。


 何も悪くない。その真実が、あたしの心を救って、軽くしてくれる。


 そう。あたしは何も悪いことなんてしてない。いじめられても、さげすまされても、あたしが他人に危害を加えたことなんてない。


「あなたの不幸、あなたの痛み。それは呪いによる影響が大きい。今は肥大して現実に出てきた闇を大部分祓いましたが、完ぺきではありません」


「なんてたちの悪い呪いだ。俺もついぞこんなものは見たことがない。なんの理由があって、こんなただの女にそれほどのまじないを?」


 吐き捨てるように霆門が言う。ナオさんと霆門の見ているあたしは、あたし自身ではなく――あたしの奥に眠る闇を見ているのだ、と理解できた。


 ナオさんはしかし、霆門の疑問に首を横に振った。


「そこまでは……ただ、古いまじないの形です。私の知り合いに祓い師の先生がいらっしゃるんですが、お呼びしてもよろしいでしょうか」


 うかがうような、ナオさんの顔。あたしがコミュ障な性格なのを、見事に見抜かれている。


「もちろんです。あたしも、いつまでもこんなのが中にあるなんて気持ち悪いですし」


 わかりました、とナオさんはほっとしたように微笑んだ。きっとナオさんの知り合いの人なら、何か解決策を知っているかもしれない。


 祓い師、なんてうさんくさいもの、以前のあたしなら近づけるのもイヤだったけど、こんなわけわからない状況で頼れる人は多いほうがいい。


「あたしの力じゃ、どうしようもない事態です。早くなんとかしなくちゃ……」


「そういえばお前、力もないのによく闇から戻ってこられたな」


「ああ。それはね……」


 あたしはすっかり胸ポケットにしまいこんだままの、青い卵を取り出した。


「この卵から声が聞こえて、そしたらヤナギが見えるようになって……体を押し出して助けてくれたの」


「その、卵……! 霆門、これは……」


「……仕方ないだろ、姫様のご指示だ」


 あたしの手のひらの上の卵を見て、ナオさんが目を見張る。霆門が悪びれもなく言い放つと、応えるかのように卵はふんわりと輝いた。


「ああ、そうだったのか……姫様が、お前を……」


 霆門はすごく、ものすごく優しい目線で卵を見つめると、次いであたしにぎろっと視線を移した。


「姫様は今、お前を助けた反動で深くお眠りになっている。早く功徳を集めて、姫様を復活させるんだ」


「わかってるわよぅ……! それにしたって、こんな人も来ない神社でどうやって徳なんか集めればいいの」


 神様もいない神社なんて、徳どころか不幸をまき散らしてしまいそうだ。


 その言葉に、さすがの霆門も、うっ、とうめいて黙る。隣で、なぜか渋い顔をしたナオさんがはぁと軽くため息をついた。


「ならば、学校に通うとよいでしょう」


 さらりと言ったナオさんの一言に、あたしはぎょっと目を見張る。


 え。今、なんて言った?


 あたしが、学校に……通う?


「――そんなことができるんですか!?」


「もちろん。あなたが望めば」


 本当にここでは、信じられないことばかり起こる。


 でも確実に信じられるのは、ナオさんはこんな大事なことで嘘を言う人ではないってこと。


「どうしますか? 中学卒業してから間もないとは言え、入学試験は受けていただきますし、学力に不安があれば――」


「行く、行きたいですっ!」


 食い気味に答えるあたしに、ナオさんは目を丸くして、そしてふっと微笑んでくれた。


 そんな。完全に諦めていた、高校に行けるなんて。こんなチャンス、二度とない!

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