第19節
「どこって、それ聖華の制服だろ。おれも聖華の新入生なんだ。初日から遅刻したくないだろ」
くすくす笑う男の子の歯が、芸能人みたいに白くキラリと光っていた。
ぁあああ。そりゃそうだよね。学校行くために歩いてんだもん。うわめっちゃ恥ずかしい何これ逃げたいムリ。
男の子はあたしに優しい微笑みを向けると、笑みだけではなく手を伸ばし、こちらへ差し伸べてくれた。
女子陥落。これはお菓子よりも甘い笑み。さすがにその手をとるのは恥ずかしくて超ハードル高いですすみません……
「ほら。行こうよ」
「うん、い、行く……」
え。何これ。あたし、男の子と二人で登校するってこと……?
状況にまったくついていけない頭で、半ば条件反射的にそう答えると、男の子は差し伸べた手をぎゅっと握って引っ込めてくれた。よかった。世界の、あたしの平和は一部守られた。
男の子はそのままきびすを返して歩き始める。あたしはふらふら~っと男の子のあとについて行った。
「あ、そうだ」
唐突に男の子は足を止め、くるりと身を反転させた。危うく背中に衝突しそうだったあたしは、全てのチカラを脚力に込める。背中にぶつかる☆なんていうときめきハプニングは、あたしの世界に不必要なのだ。
「な、なに、どしたの」
「おれ、カナデ。
「あたし、は……エリカ。
「そっか、よろしく。エリカ」
わーーーんいきなり名前呼びぃ!?
思わずうつむく。これは間違いなく自分、真っ赤になってます。上昇する体温が、慣れない状況に悲鳴を上げているみたいだ。
なにこれぇ帰りたいよぉ~……なんでこんなイケメンと一緒にいなきゃいけないの……
「ねえ、エリカはさ。紅葉ヶ丘って知ってる?」
モゴモゴしてる不審者のあたしに、カナデくんは優しい声で尋ねてきた。
「紅葉ヶ丘?」
「うん。ものすっごいデカいローラー滑り台がある、山の上の公園」
ああ、それなら覚えている。小学生のたまり場だ。
楓の木がたくさん生えている公園で、とっても広くて、地域最大級のローラー滑り台があるんだっけ。
言われて思い出したけど、どうしてかそこでの記憶は薄ぼんやりとしていて、あまりはっきりとした記憶が無い。たぶん、あまり行ったことのない公園なんだろうなぁ。友達のいないあたしには、縁遠い場所。
「うん、知ってるけど……」
「――そ、っか。知ってるんだ。ならいいや」
「カナデくん……?」
「ごめん、なんでもないんだ。本当に遅れちゃうね。行こう」
何か言いたげな彼の、しかし追求を望んでいないような空気に、あたしもそれ以上問いかけることはなく――二人並んで、校門を通り過ぎる。
「入学、おめでとう」
ふいに左側からかけられた声にそちらを向けば、銀縁のめがねをかけたスーツ姿の男性が、手に紙の花を持って立っていた。
「さあ、新入生はこれを付けて」
先生、だろうか。二十代半ばに見える、先生にしては若い人。金色の混じる茶髪がふわっと豊かにウェーブしている。そのせいか、顔立ちは良さそうなのになんだかボーっとしているというか、ふんわ~りとした空気感の人だ……
隣をちらと盗み見れば、カナデくんはずいぶん豊満な白衣姿の女性の人に、ニコニコされながら白い花を胸につけてもらっていた。
なるほど。これは、新入生をわかりやすくする目印みたいなものね。
「ありがとうございます」
あたしは手を伸ばして、花をもらおうとして――
「ああ。僕がつけてあげるよ。じっとして」
なぜか、男性教諭にそう言ってやんわりと遮られた。
う、確かにカナデくんもグラマラス美女に花をつけてもらってたな……あんまり、こう、距離が近いのは得意じゃ無いんだけど……
でも、こういうのは付けてもらうのが一般的なのかも知れない。そう思い直したあたしは、こくんと頷いて男性教諭の手ずから花をつけてもらった。
赤い花。見れば、花弁の根元が白くなっている。わざわざツートンカラーにしてくれたのかな。誰が作ったのか分からないけど、手の込んだ作りだ。
「うん。似合うよ。かわいい」
男性教諭はそんな浮ついたことをさらっといって、ぽん、とあたしの頭に手を置いた。それを背後で見ていた上級生っぽい女子たちが、「きゃぁ~ん! セリヤ先生、あたしもしてぇ~!」と黄色い歓声を上げる。
「せりや、先生……?」
「うん。一年生を担当する、
……なんだろう、この人。やけになれなれしくないか?
いやいやいや。きっと、令和にJKとなりし我々と仲良くなりたいという、教師のカガミのような人なんだろう……たぶん。
事実、女子生徒にはすごい人気があるみたい。入学式だから在校生はお休みのはずだけど、部活が目的か、セリヤ先生が目的か、先生の背後には何人かの女生徒が群がって、必死に手を振っていた。
「あはは、そ、そりゃどうも……」
自分でも目を覆いたくなるようなド下手な返答をするも、セリヤ先生は嘲笑するどころか、にっこりと大人の余裕の笑みをかました。
おおぉ……さすが大人。なんだか懐の広さを感じる。
あたしがそんな風に、セリヤ先生をぼけーっと心の内で関心していると。
「せんせーっ! あたしの花もつけてぇ~!」
「やぁだアタシもーっ!」
おわっ! ドン、といきなりぶつかってきた女子たちに弾き飛ばされ、あたしは一瞬、バランスを崩す。
ヤバイ、転ぶ……――!
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