蠢く闇、囁く光
第43節
翌朝。あたしは、お守りを握りしめて学校の廊下を歩いていた。
朝のホームルームまでまだ時間はある。早い時間帯にもかかわらず、校庭では朝練している生徒のはつらつとした声が響いていた。
あたしは探していた。校門が見やすい場所を。目的は明確だった。
「――あっ、いた!」
小さく叫んで、慌てて廊下を走る。
「こらぁ、廊下走るなー!」
あっ、入学式のときカナデくんに花を付けてた、白衣巨乳お姉さん先生。前を通るとき少しだけ、消毒用アルコールのようなにおいがふわっと漂う。保健室の先生なんだろうか。
「ごめんなさーい!」
走りながら声を張り上げる。でも、足を止めるわけにはいかなかった。
だって、早くしないとあの人がどこかに行ってしまう。
校門を見るためにわざわざ三階までのぼってきたけど、正直正門で待っていればよかったのでは? という単純かつ初歩的なミスに今さら気付き、階段を駆け下りながら激しく後悔した。一階遠いよーー!
「眼鏡くんっ!」
靴を履き替える下駄箱を少し過ぎた廊下のところで、運良く内履きに履き替えたばかりの眼鏡くんの姿を捉えた。教室に向かって行こうとした彼の足が、あたしの声にぴたりと止まる。
「え……えっ? ぼく、ですか……?」
あ、しまった。眼鏡くんはあたしの心の中の呼び名だった……だって名前わからないんだもん……
眼鏡くんは困惑したように眼鏡をくいっと指で直しながら、茶色い通学カバンを胸の前に抱えた。
うぅん、困ったぞ。なんて切り出したらいいか分からない。
「あの、さ……あたしのこと、覚えてる?」
なんと言っていいか分からなくて、古いナンパ台詞みたいになってしまった。案の定眼鏡くんは首を少しかしげながら、小さく横に首を振ってしまった。
どうやら、昨日の記憶がない。半ば予想していたことだったけど、あたしは内心ちょっぴり肩を落とした。まあ、しかしこれは予想の範囲内。そこは大事なところじゃない。
「そう、なんだ。……じゃあさ、昨日入学式の時に紙のお花をもらったじゃない。あれって、誰に付けてもらった?」
「ああ、あのお花なら白衣を着た、保育室の先生に……」
……あの人、男子高校生好きなんじゃないだろうか。男子にばっかり花を付けているのかな……
そう。あたしの今日の目的は、眼鏡くんの無事な姿の確認と――あの花を誰から付けてもらったかの情報収集だった。
もしかしたら途中ですり替えられている可能性もあるけれど、それでもあの短時間で誰と接触したのか知るのは、犯人の手がかりになるのかもしれないと踏んだからだ。
何もせず、このままおとなしく命を狙われているわけにはいかない。簡単には狙い通り死んであげないんだから。
しかしあの巨乳先生、カナデくんにもお花をあげてたな……犯人がもし学校内にいるなら、三人で行動していたのは見ていたはず。あんなに目立ってたし。
もしカナデくんを操っていたら、もっと警戒心を抱かせずにあたしに近づけたはずなのだ。どうして見ず知らずの眼鏡くんを乗っ取ったりしたんだろう……
「そっか、情報ありがとう」
「う、うん……きみは?」
「あっ! いきなり、急にごめんなさい。あたしは
「あ、ぼくもA組だよ。ぼくは」
お互いに自己紹介しかけた――最中の出来事だった。
眼鏡くんは中途半端に言葉を切り、あたしの後ろに視線をやって、少しびっくりしたように目を見開く。あたしはつられて、後ろを振り返ると――――
「ハルオ、何してんの」
そこには、赤茶の髪を腰まで伸ばし金のメッシュを入れ、緩く巻いたいかにもギャルギャルしい女の子が腰に手を当てて不機嫌そうに立っていた。なるほど、眼鏡くんはハルオくんというのか。
上級生、かな。さすがに学校始まって早々制服改造するようなハッピーな人はあまりいないだろう。そっかぁ、聖華にもギャルがいるんだなぁ。目つけられないようにしよ。
「あ、ヒメちゃん……」
「あんた、ヒメって呼ぶなって言っただろ!」
ヒメちゃん、と呼ばれたギャル生徒は、一気に真っ赤になって熟れたトマトのようになってしまった。
な……なんだか、とってもファンタジックでキュートなお名前なんだな……
「アタシは二年の
髪をかきあげながら、威厳たっぷりにそう名乗ってくださる先輩。おぉ、さすがに強そうな名字をしてらっしゃる。
「あ、あたしは別に何も……」
あたしの人生でこのような強い人に絡まれた記憶がなくて、とっさに言葉が出てこない。
そんな風にあわあわしているあたしの肩を、とんとんっと軽く叩くハルオくん。剣呑とした空気をぶち壊すように、ハルオくんはニコっと笑って見せた。
「ヒメちゃんはね、せっかく名前がヒメ子って可愛い名前なのに、おばあちゃんみたいだ~、ヒメなんてガラじゃないー! って言うんだ」
「おいコラハルオぉお! 聞こえてんぞォ!!」
こっそりと先輩の極秘情報を教えてくれたハルオくんだったが、どうやら先輩は耳が良いらしかった。先輩はさらに首まで真っ赤になって叫んだ。
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