第41節
「エリカちゃーんっ! ただいまぁー!」
モモちゃんの元気な声が飛び込んできたのは、ちょうど髪を切り始めて一時間くらい経った頃だった。
「おかえり、モモちゃん」
「きゃあんっエリカちゃんからのただいま……って、すごーーい! えーっ!? 可愛いぃぃぃ!」
モモちゃんがいち早くあたしの髪型に反応して、きゃあきゃあと歓声をあげた。
「あっ、霆門さんはまだちょっとそこで待っててくださいね」
ちゃっかりと霆門を外で待たせ、モモちゃんは慌てて駆け寄ってきた。
「すごいすごい! やーん可愛い~! 髪さらさらのつるつる~!」
「エリカさんはもともとの髪質がすごく優れていて、素直でくせのない髪だったからね。それを最大限活かしたよ」
モモパパが自慢げに説明してくれる。それもそのはず、ヘッドスパやトリートメントなど、初めて体験することばかりの美容室体験だった。
ごわごわしていた髪はさらつやの指通り、天使のわっかなんて二重、三重にできている。軽く編み込んでハーフアップにしてくれた髪型も新鮮で、自分ではこんなおしゃれしたことがなかった。
「うふふ……! これなら霆門さんもびっくりするよ、エリカちゃん! さっそく見てもらおう!」
「あっちょっと待っ……!」
待ってーー!! 霆門にこれを見せるのは、心の準備がぁー!!
あたしの焦りなどまったく意に介していないモモちゃんは、外で待たせていた霆門を呼び寄せた。
なんだか今日の霆門は、全体的に素直だな……もっとこう、傍若無人というか、普段は全然いうこときかないくせに……
「お、お待たせ、霆門……」
「ああ、遅かっ…………」
美容室に入ってきた霆門の言葉は、不自然に途切れた。
う……や、やっぱり似合ってなかったかな……
モモちゃんの見立てで、買った服の中からシースルーのドットトップスと、黒革のレザースカートを選んでもらった。トップスは襟もとが白いレースで縁取られていて、襟がYの字を作り、襟のフリルが華やかな感じ。スカートはぴったりと太ももに沿い、裾がふわっと広がっていて、かわいらしい印象のものだ。
履き慣れないヒールに苦戦しながら、少し目線が上がった世界を新鮮に見ていた。いつも視線を避けようと猫背がちだった背中が、しゃんと伸びる。
適当に自分で切って伸び放題だった髪もすっきりと切り揃えられ、後ろの髪は肩甲骨の下あたりできれいにカットしてもらった。
マスカラとピンクのアイシャドウ、ピンク色のグロスでほんの少しお化粧をされた顔を鏡で見たときは、あまりに見慣れないから自分で笑ってしまった。
「ほらぁ、ねえねえねぇ、エリカちゃんマジでかわいいでしょ天使でしょ女神でしょ崇めたくなるでしょ?」
すかさずモモちゃんが飛んできて、霆門に向かってあたしのすばらしさを述べ始めた。
いや、女神とかなんだは言いすぎだけど。でも、自分でもすごく変わったと思う。
自分に自信が持てる、とは言わないけど、きれいな恰好をしているときれいな姿勢でいようと意識するし、それがまた気持ちがいいことにあたしは初めて気が付いた。
くっ……それでも、霆門の視線は慣れなくて恥ずかしい。逃げたくなる。今すぐ後ろを向きたくなる衝動を必死に押さえつけながら、霆門の視線が早く外れてくれることを願った。
「ほらぁ霆門さん、どうです? 可愛いでしょう?」
モモちゃんが重ねて霆門に「かわいい」の同調圧力をかけてきた。なんて押しの強さ。なんたるメンタルタフネス。
モモちゃんの押しがきいたのか、霆門はなぜかほんのりと頬を赤らめて、
「まあ……似合うんじゃないか」
とだけ、ぼそりと言った。
「えぇぇ……うそでしょお、霆門さん……それだけ?」
不満たらたらなモモちゃんがさらに詰め寄る。が、霆門よりあたしが先に限界を迎えた。
「あのっ! モモちゃん、そいつそーゆーやつだからあんまり気にしないで。むしろ『変な恰好だな!』なんて言われないだけで大成功だから」
「えぇーっ!? エリカちゃんに向かってそんなこと言うんですかぁ霆門さん! しんじらんなーい」
わざとらしく非難の声を上げるモモちゃんを、霆門は口元を手で押さえながらギロリとにらみつける。あ、いつもの霆門っぽい。
にらまれたモモちゃんはぺろっと舌を出して、逃げるようにあたしの隣に来ると、するっと腕をからませた。
「ねえ、エリカちゃん。せっかくだからそのままの格好でご飯食べに行こうよ!」
「ああ、それはいいねぇ。お小遣いあげるから、みんなで行ってらっしゃい」
モモちゃんの提案を拒否する理由は、どこにもなかった。あたしのお腹はさっきから空腹を訴えてグーグーと切なく鳴いている。
霆門は食べることなら好きなようで、黙ってあたしたちについてきた。
そのあと、あたしたちは三人そろってモモちゃんおすすめの洋食屋さんでオムライスを食べ、話して過ごした。最初は抵抗感のあった新しい格好も、歩いているうちにそんなに他人は他人のことを見ていないことに気付いた。
ああ、そっか。なんだ。
広い世界では、自分のことだけでみんなせいいっぱいなんだな。今まで学校か家しか知らなかったあたしは、こうやって友達と外でご飯を食べたり、買い物したりする意味が分からなかったけど――外の世界を知るために、必要なことだったんだね。
気付けば、いつの間にか日が暮れ始めていた。
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