第53話
「ぅわっぷ!」
あまりの唐突さに、テイトの背中に激突するあたし。
「いったぁい……お鼻打ったぁ……」
じんじんする鼻をさすりながら、ギッとテイトをにらみつける。
「もうっ、なんなのよテイト!」
「見えるか。あれ」
振り返らずにかけられた声は、緊張で固まっていた。あたしはテイトの肩越しに、廊下の先を見た。廊下の、奥の、奥。蛍光灯が点滅している。まだ暗い時間帯ではないのに、電気が切れているのだろうか――廊下の先が見えないほど、暗い空間が広がっている。
「何よ、見えるかって……」
何が見えるんだ。――そう、口にしようとした瞬間だった。
「きひゃはっ」
もぞ、もぞ、と暗闇で何かが蠢いた。
ひゅうぅ、と足下にドライアイスを置かれたかのような、ぞくぞくする寒さが駆け抜けていく。
「なに、あれ……! 気持ち悪っ……!!」
素直な感想は、カラカラに乾いた喉から、飛び出すように吐き出された。
廊下の、奥。なぜかちかちかと点滅する電灯の下に、天井近くまで伸びた大きな男が確実にこっちを見ていた。全身が浅黒く、血が腐ったような色をしている。背中から伸びる六本の腕の先には、手ではなくなぜか目玉のようなものがくっついて、あちこちキョロキョロ動いていた。
バケモノ。怪物。人ではない、何か。
どんな形容詞でも足りないくらい、気持ち悪い人外が突っ立っている。
「強烈に気持ち悪い気配を感じると思ったら、やっぱりだ。出来損ないの鬼だよ」
なんでもないように言うテイトの手に、そっと力が入るのを感じた。無意識にあたしが握り返していたせいかもしれない。いろいろと質問したい気分だったが、バクバクと今にも爆発しそうに鼓動している心臓を感じては、呑気に質問タイムというわけにもいかないことを悟る。
「に、逃げよう!」
「当然! 後ろを振り向くなよ!」
言われなくても、振り返って二度もアイツを視界に入れるなんて、絶対ぜったい不可能なことだった。
あたしとテイトは走り出す。テイトに手を引かれて。
「ぎ……ギ……? ぎ、ぐぅ……」
金属がきしむような不愉快な音が背後から襲ってくる。ぺちゃ、ぺちゃ、という、まるで大きなカエルのような足音がだんだん速くなって――
――ぺち、ぺちっ、ぺちぺちぺちぺちぺちぺちっ!
「うわあああああ! 来たっ、来たよテイトぉおお!」
「分かってる! 真面目に走れ!」
「不真面目だったときなんてないですぅぅぅ!」
学校に来たばかりのテイトより、あたしの方が学校の構造をよく知っている。右だ、左だ、と指示を出しながら、あたしよりよっぽど速いテイトの足に引っ張られるように、廊下を駆け抜けた。
「そこっ! 玄関!」
しんと静まりかえったほの暗い下駄箱を走り、上履きのまま問答無用で外に出た。ジャリジャリとした砂を踏み散らしながら、一目散に校門へ向かう。
やった! あいつ、意外と足遅いじゃん! ぺたぺた音はキモいけど、これでなんとか――
「――ぁギあぁぁあああぁあ!!!」
バケモノの絶叫と、ボン、と空気が爆ぜるような音。
がしゃあああん! とド派手な音を立てて、バケモノが鉄の門の上に降り立つ。
飛んだ、のだ。跳躍した。かなりの距離を、ジャンプしてきた。
「にに、に、にげ、ない、で」
「しゃべった!?」
たどたどしい、どろっとした声が、つるりとはげ上がった巨人から放たれた。顔はむくんで目鼻が肉に埋まり、口だけがかろうじて動いている状態だった。なんというか……人と、そうでないものを無理矢理くっつけたような、底気味悪いバケモノだ。
「エリカ、下がってろ」
あたしの前に出て、テイトが静かに指示した。こくんとひとつうなずき、バケモノを刺激しないようにそぉっと離れる。
テイトは制服のポケットに手をつっこんだ。その指先には、一枚の真っ白な長方形の紙が挟まれていた。テイトはその紙をそっと口元に持ってくると、紙越しに何かをブツブツと呟いていた。
「調伏雷光!――散ッ!」
叫び、紙を無造作にバケモノへ放り投げたかと思うと、紙はまるで弾丸のようにまっすぐバケモノへと飛んでいった。またばきするほどの時間の間に、ぺたりとバケモノの額に紙がくっついた瞬間――
――バチばちバチバチッ!
「ああぁああああああああ!!」
紙から、雷が生まれた。
バケモノののたうつ絶叫と、肉が焼ける焦げ臭いにおいがした。
何あれ!?どういうマジックなの!?
驚嘆するあたしを尻目に、テイトはもう一枚すかさず紙を取り出す。あの一撃では不十分だと考えたのだろう。テイトの予想通り、バケモノは校門から転げ落ちてのたうちまわり、苦しそうな声は上げたものの、皮膚の表面が少し焦げた程度で致命傷には到っていないようだった。
「くそ、硬いな」
無神論者の巫女さん、神様に嫁入りする 宮嶋ひな @miyajimaHINA
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