第15節
「えっ、たまご?」
ほんわかしている気持ちに浸っていると、ヤナギがワンワン! と叫んだ。
慌てて、胸ポケットから青いたまごを取り出す。「神様のたまご」はほんのりと青白く光って、呼吸するように強くなったり、弱くなったりを繰り返していた。
「あったかい……」
たまごは、温熱カイロみたいにほわほわとほんのり熱を持っていた。
気持ちがあったかくなる以上に、物理的にあたたかくなってるんだ!
しばらく見つめていると、光はゆっくりと収まっていく。明滅は一分もたたずに落ち着いて、またただの青い卵に戻った。
急に、なんだったんだろう。どこか壊れてないよね? あたしは不安になって、いろいろたまごを見回して――
「あ、ここ少し白くなってる」
見れば、小さな変化だった。けれども、確実に起きた違い。一ミリくらいの斑点のような白い部分が、たまごに刻まれていた。
「ぜんこー? できたのぉ?」
「うん……っていうこと、なのかな」
あいにくながら、こういうファンタジーな現象を解説する役(あたしが決めた。今決めた)の霆門がいない。
思えば霆門は、たまごの孵化する条件を言っていなかった。善行を積めば、姫様復活の足掛かりになる……こうやってたまごをしろくしていけばいいってことなのかな。
……そういえばあいつって、学校行ってるのかな?
考えてみれば、不思議な男の子。いろんな不可思議に詳しくて、口が悪くて、ぶっきらぼうで――あたしがピンチのとき、まっさきに駆けつけてくれる優しいヤツ。
そんな霆門の情報を、あたしは何一つ知らなかった。
「……神社に、行って……ううん。帰って、霆門に聞いてみよっか」
帰れる場所がある。帰りたいと思う家がある。
そんな小さなことが、こんなにも大きな心の支えになるなんて、思ってもみなかった。……ううん。それがどれほどステキなことか、あたしは知らなかったんだ。
今までの家は、あたしにとって重荷でしかなかった。保護者っていう見えない鎖でつながれて、逃げることもできずにただただ労働力を都合よく提供するだけの役割を与えられて。
だから「家に帰りたい」なんて、思ったこともなかった。
そんなあたしの心情を、この小さな子犬は知っているのだろうか。わざわざ、帰って、と言い直したあたしの言葉に、ヤナギはきゅるんと目を輝かせてうなずいた。
「そうするなの! おとなしくおはなししたら、にくきゅーでふんであげてもいいのなの」
「ヤナギ……そ、それはご褒美のつもりなの?」
「とーぜんなの! ヤナギのにくきゅーはタダじゃないの」
あたしの周りを浮きながら、わぷわぷ、と楽しげに鳴くヤナギの口調からは、それが冗談ではなく本気で言っている感情を読み取れた。またケンカしそう、と思いながらも、たぶんあの霆門の様子は本気で嫌ってないよな、と思い直して、くすっと笑いが漏れる。
ヤナギを抱っこしながら、参考書を下げたレジ袋をガサガサを揺らす。こんな風に、何かにまっすぐ歩けることが新鮮で、嬉しくて。そして何より、一番の懸念事項だったママたちのことを何も気にしないでよくなって、嬉しさを噛みしめた。
「勉強、頑張らなきゃね!」
志望校の編入試験まで、もう日がない。朝からいろんなことが立て続けに起きて、さすがに疲れを感じてるけど、でも心はすっごく元気。今なら、なんだってできそうな気がする!
「エリちゃんは、おべんきょーがすきなの?」
勉強、という言葉を口にしたからか、ヤナギがふんふんと袋の中の参考書を嗅ぎながら尋ねてきた。
うーん。別に、好きでもないんだけど……
「あたしね。高校に行けないってなって、将来やりたいこともなくて、全部諦めてて……そのときに初めて分かったの。ああ、勉強って『選択肢』なんだー、って」
「せんたくし?」
「そう。勉強って、自分の将来に続く道を増やせるの。だから人って勉強するんだね。知識が増えれば増えるほど、なりたい自分の作り方もわかってくる。まだ何になりたいかは分からないけど、高校生になれる選択肢は、勉強した先にしかないんだなって」
その考えは、あの閉じられた世界――飯縄家で手に入れた考え方だった。
見たくないものでも、得られるものはあるんだな。
あの二人……ううん、あの家族に、感謝するとか恩を感じるとか。今は、謝ってもらってもそこまで心を広く保てない。それはあたしの心が狭いのかな。
事実、ママは闇の影響が解けた今でもあんな様子だった。
闇があってもなくても……人は、人に厳しくできる。理不尽を突きつけられる。
だからこそ、そんな理不尽にただ何もせず負けるのは嫌だったの。
「よくわかんないけど、ヤナギはエリちゃんのやりたいことをおーえんするの!」
ヤナギの、純粋なまっすぐさが嬉しい。そして、まぶしい。
「うん! ありがとう、ヤナギ。あたし、めっちゃ頑張っちゃうね!」
おー! と二人して歓声を上げる。
本当に不思議。まだ、神社に足を踏み入れてから二日も経ってないのに。
不思議なことはキライ。頭が理解できないことは怖い。けれど、あたしの周りでは否定できないほどの不思議が次々に出てくる。
怖いこともあったけど。急に、あたしの世界が動き出しているような――
「――エリカ、ちゃん?」
そしてあたしは、背後からかけられた聞き慣れない女の子の声に、足を止めた。
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