第22節
周りに聞こえないように小声で、こっそりと弱音を吐くと、ヤナギはねぎらうようにペロペロと足を舐めてくれた。ちょっとくすぐったいけどあったかい感触に、ほっこりと癒やされる。
けんけんと言い争っていた二人も、さすがに式が始まると静かに前を向いておとなしく座っていた。
「えー、本日は~、お日柄も良く……」
校長先生の話って、誰か共通のゴーストライターでもいるんだろうか。中学校でもそうだったけど、面白くて短い、身になるような話をしてくれた人はひとりもいなかった記憶がある。
ここの校長先生は、ぷっくりとお腹が出ていて、まるっとしていて、なんだか雪だるまみたいなかわいさがある。白髪だし、白いもさっとしたおひげだし。
蝶ネクタイがやたらと似合う校長先生のお話を聞きながら、眠気と必死に戦う。少し肌寒いくらいに感じられた体育館内も、生徒でいっぱいになると過ごすのに適温の状態になる。おまけに身じろぎもできないんじゃ……
眠気を覚まそうと、あたしは無意識に花を見ていた。校長先生の背の倍もあろうかという豪華な花々は色とりどりに咲き誇り、見たこともない花弁を誇らしげに広げていた。
……ん? なんだろう。
花を見ていたんだけれど、なんとなく違和感を感じる。居心地がよくないような……かつての中学までのあたしに向けられていたような、異物を見るような目……
気になって、首を動かさない範囲でキョロキョロと違和感の正体を探し始める。
……あ。あのひと、だ。
やたらと視線を感じると思ったら……あの先生だ。セリヤ先生って言ったっけ。
セリヤ先生が、まっすぐに、間違いようもないほどはっきりこちらを見ている。あたしとパチっと視線が合わさると、にっこりと微笑んでくれた。
んん……? あたしの、勘違いだったのかな……確かに先生の方から、視線を感じたんだけど……
「なんか、だれかみてるのなの」
いつの間にか膝で丸くなっていたヤナギが、ふすふすと鼻を動かしながら、不愉快そうに言った。
ヤナギも感じてるなら、確かに誰かがこちらを見ているんだろう……もしかしたら、あたしじゃなくて目立つ両側の二人を見ているのかも?
けれど、その視線に関係なく――セリヤ先生の目は、なんとなく苦手に感じる。
にっこりと笑ってるけど、全然心からは笑っていないような……空虚な笑み、とでもいうのか。とにかく、観察しているような目つきが気になって、あたしはすぐ目をそらした。
そわそわと落ち着かない入学式は、気付けば代表の生徒による挨拶だけになった。在校生の先輩――生徒会長さんが、壇上で流ちょうに挨拶を述べる。さらっさらの少し長めの黒髪は、なんだか王子様みたいだなぁとぼんやりした感想を抱いた。
「ねぇ、あれが生徒会長様?」
「やだ、鬼イケメンなんだけど!」
「え~彼女とかいるのかなぁ」
生徒会長さんの祝辞なんかBGMにしちゃって、周りの女子たちはコソコソとそんな話をしていた。まあ確かに、綺麗な顔した男の子だなぁ。顔の整い具合で言えば、霆門の方が綺麗だと思うけど……
「んふぁっ……!?」
え。あたし、今なんて考えた!?
思わず出そうになる声を直前で手のひらガードし、入学式に奇声をあげる奇行を阻止したあたしは、自分で考えたことにそら恐ろしくなった。
――なんだって? 霆門の顔が、生徒会長さんより綺麗?
「どうしたの、エリカちゃん……大丈夫?」
隣のモモちゃんが優しく尋ねてきてくれる。あたしは手で口をおさえながら、こくんこくん人形のように頷いた。
「だ、だいじょぶ、ごめん」
あ、危ない。なんだったんだろう、そのキレイだなんだって思考は。あれかな? ちょっとだけ長く一緒にいたから、よく思い浮かぶ顔だったのかな! うん、うん!
霆門は学校に行っていないのか、一日じゅう神社にいるみたいだった。たまに姿が見えなくなる時間もあるけど、基本的には神社の中にいて、掃除したり、ゴロゴロしたり、ご神体を磨いたり、まるで猫みたいに勝手気ままに暮らしている。
おまけにあいつは、自分のことについては全く話したがらない。両親はいるのか、好きな食べ物は何だ、今何歳だと質問しても、「うるさい」のなしのつぶて。
そんっな無愛想キングが、あんな王子様生徒トップマンと同じとか、それ以上に見えるなんて……! あ、あれだよ! この学校イケメンが多すぎるから、マヒしちゃったのよ!
一人で赤くなったり青くなったりしていると、生徒会長さんの言葉がいつの間にか終わっていた。熱くなった顔をぱたぱた手であおぎながら、次は在校生の挨拶か――と、思った瞬間。
カタリ。パイプ椅子を引いて、隣のカナデくんが立ち上がった。
「へ……? カナデくん、どしたの……?」
まさか、カナデくんが入学式早々奇行に!?
心配して見上げるあたしをよそに、カナデくんはあたしにニコっと笑った後、さも当然のような足取りで壇上へと向かった。
そして階段を上がっていき、マイクの前で一礼すると、胸元から紙を取り出して読み始めた。
「新入生代表、
おぉぉ。なんだ、カナデくんは新入生代表だったのか! 入学式のあまりの緊張感で、トイレにでも行きたくなったのかと思ってしまった。
「カナデくん、すごいね。新入生代表なんだ」
知り合いがこんな風に代表や目立つことをするなんて信じられなくて(そもそも知り合い程度の人もいなかったわけだけど)、あたしはじゃっかん興奮しながら隣のモモちゃんにこそっと耳打ちした。
すると、モモちゃんは壇上へ明らかに不機嫌そうな顔を向け、眉間の深さを強めた。
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