第23節
「ま、あいつ顔だけはいいからね。なんか名前聞いたことあると思ったけど、あいつ中学のとき日本クラブユースサッカーの選抜メンバーだったやつじゃん。今は知らないけど」
「へぇ……! すごいね。モテの条件をあれほど満たす人って、あたし漫画でしか読んだことないよ……」
「ねっ! おまけに頭もイイらしいよ。ウザいね!」
すごいね、じゃなくて、うざいね、なんだねモモちゃん……
そっかあ。なんだかすごい人に声かけてもらったんだなぁ。それはそれは、さぞかし中学でもモテていたんだろう。あたしとは雲泥の差だ。
証拠に、すでにカナデくんはファンができつつあるらしい。先ほど生徒会長さんにきゃぁきゃぁさざめいていた背後の女子生徒たちは、今度はカナデくんを口々に褒めそやしている。
彼女たちにとっては、信仰する推しがいれば「誰か」っていうのは重要じゃないのかも知れない。気楽で楽しそうなことだ。
「あぁん、カナデくんかっこよいー! 声もイイっ」
「ね~! 生徒会長と迷っちゃうぅ」
「あ、でもさっきすっごい可愛い子と式の前に話してたよね。まさか、彼女!?」
「あり得るぅ! あれ? でもなんか、もう一人いなかったっけ?」
「え~そんな人いたぁ? なんかボサっとした髪の子はいた気がするけどぉ」
ぎくりん。あたしはモモちゃんの横で、なるべく視野に入らないよう小さく小さく腰を丸めた。
うぉお……! やっぱり見られてたんじゃないかぁぁぁ! そりゃあんだけ派手に言い争いすれば目立って当然だけど……あたしはモブ扱いかーーい……!
目立ちたくないあたしからしたら願ったりかなったりだけど、なんだかちょっぴり、悲しい気もする。人間扱いされてない、っていうか。
そんな風にモヤモヤ考えていたあたしの隣で、モモちゃんは――なぜか強く、強くこぶしを握り締め、わなわなと震えていた。
「……エリカちゃん。明日、お時間いただけますか」
なぜか、なぜだかモモちゃんの両肩がぷるぷる震えている。ああ、これは怒りだ。コミュ障にも分かりやすいほどの怒気と殺意を、背後の子たちは全く気付かない。なんと高い“非”危機回避能力だ……
これは、あれだ。断ったらやばいやつだ……
「はい……大丈夫です……」
「分かりました。それではひまわり商店街南入口、午前九時厳守で」
やたらと厳粛な物言いで、テキパキと待ち合わせ場所の日時まで指定されると、スンと前を向いてまた静かになってしまった。
確かに明日は土曜日で、休日だ。モモちゃん、よく商店街にいるって前言ってたし……いったいなんの用があって、あたしと一緒に?
……はっ、もしやカナデくんと対決!? いやいや、それとも決闘!?
怖い予想がぐるぐる渦巻いて、カナデくんの新入生の言葉はぜんっぜん聞いていなかった。
そんな落ち着かない入学式がしめやかに終了すると、生徒会のメンバーだろうか、四人ほどの男女がぞろぞろ出てきてホワイトボードを壇上の下に四枚ほど並べた。これがクラス分け表らしい。
「え、エリカちゃん、一緒に見に行こう?」
きゅっ、と不安そうにあたしの手を握りしめるモモちゃん。その瞳は心配そうにうるみ、まるで子犬のような愛らしさに、人知れずあたしはキュンと胸が高鳴った。
「エリカちゃんと一緒のクラスになれなかったらどうしよう……!」
なるほど、クラス分けの心配をしていたのね。あたしはなるべくモモちゃんが安心するように柔らかくにっこりと微笑んだ。
「大丈夫だよ。もしそうなったら、お昼ご飯とか一緒に食べよう?」
「エリカちゃん……!」
「同じ学校なんだもん。会う方法はいくらでもあるよ」
そう気楽に構えているあたしを見て何かを感じたのか、モモちゃんはほっとしたように肩の力を抜いた。
「私ね、エリカちゃんのそういうところ大好き。引っ込み思案だった私を変えてくれたのは、エリカちゃんの優しさと強さなんだよ」
「へ……? そうなの?」
「そうなのっ。今度、話してあげるから」
えへへ、と明るく笑うモモちゃんは、元気を取り戻したようだ。よかったよかった。
あたしたちは手をつなぎながら、クラス分けの表を順番に見ていく。えーと、四つのクラスに分かれているのね。最初はAクラスから……
「あ、あった」
特徴的な苗字だからか、あたしの名前はすぐ見つかった。
……でも。モモちゃんの名前は、Aクラスの上から下まで舐めまわすように見つめてみても、まったく見つからなかった。
時間を追うごとに、モモちゃんの顔色が悪くなってくる。ああ、どうしよう。あたしは声もかけられず、おろおろと彼女のきれいな横顔を眺めることしかできなかった。
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