第34節

 神社にいると常にナオさんもいるし、境内の掃除や神社の修復、修繕に忙しくて、二人きりで同じ時間を過ごすことがあまりないあたしたち。


 神社はきれいにしても次から次へと汚れていくし、長年放置された柱や壁はボロボロで、素人修繕ではとても追いつかない。それでも毎日少しずつでも手を加えて、ようやく見れるような状態にまでなった。


 そうでなくとも霆門は、普段何をしているかさっぱり分からない。ここのところあたしは試験勉強で忙しくしていたし、こんな風に二人で話すのも、ずいぶん久しぶり――最初に闇から救い上げてもらったぶりかも、と思った。


 二人きり、を意識してしまうと、とたんになんだか恥ずかしくなってきてしまって、あたしは必死に話題を探した。


「あのさ。霆門のお父さんとお母さんって、どんな人?」


 それは、世間話として何気なく選んだだけのネタだった。深く考えずに、誰もが気軽に答えられる質問だと思ったんだ。


「俺に両親などおらんよ」


 しかし。これが見事に地雷を踏みぬくことになるとは、思ってもみなかった。


 霆門も両親がいないんだー! 知らなかった……孤児ってそんなに多いの?


「あ……ごめんなさい。知らなくて、あたし……」


「気にするな。親の存在なんて考えたこともなかった」


 さらりとそう言う霆門の様子は、どこも無理をせず自然体で、本当のことを素直に話しているんだと感じられた。


 そっか……霆門も、ご両親がいないことを気にしていないんだ。


 あたしはといえば、両親の顔すら思い出せない。五歳以前の記憶が、すとんと抜け落ちているのだ。でも、みんなそんなもんだと思う。そう思っているから、両親がいないことはあたしにとって当たり前で、辛いことなんかじゃなかった。


 両親がいないことによるそのあとの居候生活が、本当に大変だったわけなんだけど……


「親がなくとも子は育つ。もちろん、勝手には育たんがな。人のいとなみを見ていると、本当に生命力にあふれた人々だなと思うよ」


「霆門……なんかおじいちゃんみたいなこと言うんだね……」


「誰がおじいちゃんだ。……人はたくましいよ。親がいようといまいと、生きる方向にさえ向いていれば、どんな生き方もできるんだ」


 青い、青い霆門の瞳が、街を見つめていた。


 その瞬間だけ、あたしはどこか霆門が遠くの存在に感じられて、焦燥感に駆られた。ずっと一緒にいたのに、まったく知らない男の子のような感覚。


「うん……そうだね」


 大切なのは親じゃなくて、生き方か……霆門のくせに、やけに心にしみることを言う。


「そんなことよりお前、昨日あんな目に遭ったくせにやたら元気だな。もう少し怖がったりするものだと思っていたが」


 金色の毛先を指でくるくる巻きつけながら、霆門が感心したように言った。


 確かに、そこは我ながらびっくりしていた。


「怖いは、怖かったよ。ヤナギもケガしちゃうし……でも、あの場にいた誰も悪くはなかったじゃん」


 そう。眼鏡くんがあたしのことを恨んで仕組んだことでも、あたしが闇に落とされるほど悪いことをしたわけでもない。


 悪いのは、ぜーーーんぶ犯人だ!


 そんな風に考えて寝たせいか、今朝はかなりスッキリとした気分で起きることができた。


 前のあたしだったら怖がって、不安がって、ビビりまくっておびえて布団から出なかったかもしれない。だって、誰にも頼れなかったから。


「犯人は必ず見つけて、あたしとヤナギと眼鏡くんに百回土下座してもらうけど」


 へへっ、と笑って見せると、霆門もつられて笑う。


「なるほど、それはいい」


 たくましくなったな、と言って笑う霆門は、どこかほっとしている様子だった。


 そうして二人で歩いていくうちに、ひまわり商店街のアーケードが見えてきた。商店街の入り口には、大きなひまわりのモチーフが満面の笑みであたしたちを見下ろしていた。ニコちゃんマークっぽくて可愛いな。


 モモちゃんは確か、南入り口集合って言ってたっけ。ひまわりさんの裏側は時計になっているようで、時刻は間もなく九時を指すところだった。


「ここまでありがとう、霆門。気を付けて帰ってね」


 くるっ、と振り返って、ぼんやりと突っ立っている霆門に向けて、満面の笑みを浮かべて手を振るあたし。


「は? 帰る? 俺一人でか?」


 予想通りの答え。やっぱりこいつ、モモちゃんとの遊びについてくる気だな……


「うん。今から友達が来るから。霆門は、回れ右!」


「おい、ちょっと待て。守護獣もいないお前が闇に襲われたら、ひとたまりもないんだぞ! わかってるのか」


 わかってます。それは重々、承知しております。


 けれども、霆門と二人でいるところをモモちゃんに見つかるのも、またあたしにとっては大ごとになりそうな予感だったのだ。


「わかってるよ。でもナオさんのお守りがあるし。ほらっ」


「ナオのお守りがどんなもんか知らんが、そんなもんで昨日のようなデカい闇が祓えるわけないだろ!」


「そりゃそうだけどぉぉ……! 霆門の姿をモモちゃんに見られるとマズイのよ! いろいろと!」


「なんだそりゃ。どうしてか訳を話せよ」


「訳って言われても~!」


 ぐずぐずと霆門とやり取りしていると。後ろの方から、ふわりと甘い桃の香りが漂ってきた。


「――エリカちゃん?」

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