第17節

「やったぁー!! ホントにホントね! 約束だよ!」


 桃瀬ちゃんは感極まったようにあたしに抱きついて、ぴょんぴょん跳ねた。可愛い。なんなんだろうか、この可愛い生き物は。


「今うちは春休みだから、春休み明けに来ればちょうどいいよ! まだ学校始まってないし、今なら編入しやすいんじゃないかな。事情があるって説明したら、入学式一緒に出られるかも知れないよ!」


 なるほど、それは確かに入りやすいかも知れない。家庭環境や事情がある子は配慮してくれるって、聞いたこともある。


「そっか、今春休みなんだ。ん、じゃあ今日学校は?」


「制服の受け取りしてきたとこ! 嬉しくって着て帰っちゃった」


 可愛すぎないか。


 なに、それ。聖華の制服が着られたのが嬉しくて着て帰っちゃった?


 あたしは一生、この子に「カワイイ」で勝てないんだろうなと思い知ると同時に、そんな子から友達になってほしいと言われた嬉しさとむずがゆさで、なんともいたたまれない気持ちになる。


「ぅああああ、やばい、本当に嬉しい……絶対、ぜったい聖華に来てね!」


 桃瀬ちゃんはなぜかぶるぶる震えながら、力強く繰り返した。あたしもなんだかすっかり聖華に行く気になって、こくんとうなずく。


「うん。試験、がんばるね。桃瀬ちゃん」


「あーっ。私のことは、モモって呼んで? 小学校の頃はそう呼んでくれたんだよ」


 ぷう、と肩頬をリスみたいに膨らませて桃瀬ちゃん――モモちゃんはそう言った。


 そんなん言われても困るよぉぉぉ! 小学校の時のあたし! こんな美少女にどんだけフレンドリーで接してたの!? 記憶ないんだけど!


「えと、あの、あー……」


「ほら。モ・モ!」


 えええぇん! そんなこと言われてもぉぉぉ!!


 心の中の言葉をそのまま伝えられたら、どれほどいいだろう。言いよどむあたしを、下からじぃっとのぞき込む桃……ちゃん。きらきらしいピンク色の瞳が、楽しげに光っていた。


「も……もももモ……」


「ん~~っ?」


「……モモ、ちゃん」


「きゃ~ッ! よくできましたぁ!」


 死ぬ。


 シンプルに死ぬ。可愛すぎてむり。尊い。


 やっと言えた「モモちゃん」の単語に、ぴょんぴょこ跳ねて喜びの舞を踊る。


 あぁぁぁ……! むむむむりぃぃぃ!


「――ご、ごめん! あんまりこういうの慣れてないから、その……できれば、ゆっくりのペースで……お友達に、なっていきたい……!」


 ようやく絞り出した言葉は、自分でも引くほど震えていた。


 返答がない。あたしは不思議に思って、ようやく顔をあげてモモちゃんを見上げると。


「あぁ……エリカちゃん……ダメだよ、そんな顔真っ赤にしてぷるぷる震えて……モルモットじゃん……可愛すぎる……神……? 女神なの……???」


 ぶつぶつと、モモちゃんがそんなことを高速でヨダレ垂らしながら口走ったように聞こえた。……けど、さすがに聞き直すのは怖すぎてためらわれた。


「え……っと、モモちゃん……?」


「――あ! うん、なに!?」


「えっと……そろそろ帰らないと……」


「あ……うん、そうだね。私この近くに住んでるから、また商店街とかで会えるかも知れないね! 朝の七時と夕方五時にはいるから! たぶん、けっこう、うろうろしてるから!」


 ……なんだろう。それは、その時間になったら商店街に来いってことなんだろうか……


 やたらと具体的なモモちゃんのタイムスケジュールを聞き流しながら、押し流されていくペースにぐったりとなる。


 すると、そんな様子のあたしを見て何やら察したのか、モモちゃんはへら~っとした相貌を持ち直し、真剣なまなざしであたしを見つめた。


「あのね。いきなりいろいろ言っちゃってビックリしてるだろうけど……私、ずっとエリカちゃんのこと、待ってたんだよ」


「待ってた……?」


「うん。ずっと探してた。だから……もう、私の知らないところに行かないで」


 モモちゃんはあたしの手を握りしめて、顔の前に持ち上げると、なぜか泣きそうなほど切ない表情でそうお願いしてきた。


 この子は、なんで……


「なんで……久しぶりに会ったあたしみたいなヤツに、そこまで言うの……?」


 求められることが違和感でしかない。素直に「うん、あたしも一緒にいたい」って言えない。


 モモちゃんは、なんでこんなに切羽詰まったような言い方をしてくるんだろう。


 あたしに何かを求めてるようには感じる。でも、理由が全然わからない。


 モモちゃんは笑顔を消して、ぎゅう、と手の力を強めた。


「詳しくは、まだ言えないの。でも、あなたが聖華に来てくれたら……全部話すわ」


 今ここで言えない理由って何だろう。


 謎がますます深まりながら、言ってくれるタイミングを待つしか無い。


 あたしは、聖華へ行く気持ちが固まっていくのを感じていた。


「……わかった。約束ね」


「うんっ! えへへ、でへ、エリカちゃんと約束……」


 途端、よだれを垂らしそうになったモモちゃんは慌ててゴクリと生唾を飲み込み、息を吸い込んだ。


「エリカちゃん。また、聖華で」


 モモちゃんはしゃんと背を伸ばして、宣誓のように言い放ったの。


 ――また、聖華で会おう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る