みんなの歴史 別冊~栄華のランドウルフと落とし子たち~


〇彫刻神タマーラ、ボニート(不明)


 ドウルフ時代とランドウルフ時代は華やかな彫刻芸術の時代である。


 白い石に繊細な彫刻を施した品や、彫像、なかには食器類なども残されている。魔法技術で生み出されるという白い魔法石は朽ちることを知らず、千年もの時を経てなお当時そのままの美しさを保つ。

 白い魔法石は自然界には存在せず、土の魔法によって生み出されたものだ。現代技術で再現しようとする試みは昔からあるが、いまだ成功には至っていない。


 ランドウルフの芸術といえば彫刻。そして、彫刻といえばタマーラとボニートの双子神であろう。しかし、いかに隅々まで聖典を読みつくしたとしても、ふたりの記述はごくわずかにしか存在しない。ふたりが実在したかについては諸説ある。

 双子は彫刻家であり、建築家でもあった。しかし、遺されたふたりの作品はただのひとつのみ。芸術の都、セルモンドの中心に聳えるジェラスティーナ大教会である。


『教会に集う洗礼の子』

作:ラウラ・セルモンド(所蔵:国立ラン美術館)


 セルモンドの中心に立つジェラスティーナ大教会は、そのほとんどが白石と呼ばれる魔法石で作られる。外壁はもちろんのこと、屋根や大聖堂の座席全てが白く美しい魔法石だ。

 風の魔法を操る姉のタマーラと、土の魔法を扱う弟のボニート。ふたりでひとりの彫刻家であり、ふたりが揃わねばジェラスティーナ大教会が建つことはなかっただろう。


 ジェラスティーナ大教会は建築物としても完成されており、ジェラストリア様式の象徴とも言える。しかし、双子神がのちの世に名を残したのは、ジェラスティーナ大教会の建築だけではない。


『セルモンドを見守るタルクウィニア』

作:不明(所蔵:国立ラン美術館)


『聖堂に座すタルクウィニア像』

作:ジークレット・ヴァイオ(所蔵ジェラスティーナ大教会)

※現在一般公開はされていない


 まるで大聖堂を包み込むように両腕を広げたタルクウィニア像は、その高さだけでもおよそ二六メートル。表面にザラつきひとつないその彫像には、継ぎ目などどこにもない。最も古く、そしてもっとも美麗とされる白石彫像だ。

 見上げる角度や位置によって表情が変わるように計算されつくしており、中央最前から見上げると微笑んでいるように見える。


『エルネスタ・ガラ・セルモンドへ 洗礼の品』

写真:パン皿 作:デルフィナ・ソルマト、ジークレット・ヴァイオ共同の作 (所蔵:セルモンド歴史館)


 タマーラとボニートは、およそ五十年の歳月をかけて、生涯にわたり教会と彫像を作り上げたのだ。


 このタルクウィニア像は多くの芸術家に影響を与えた。その代表といえば画家ジークレット・ヴァイオ(p八四)であろう。数多くの作品を持つジークレット・ヴァイオであるが、石彩画、デッサン問わず、このタルクウィニア像を描いた作品が多く残されている。もっともタルクウィニア像に影響を受け、もっともタルクウィニア像を愛した芸術家と言っても過言ではない。


 もちろん、影響を与えたのは後世の芸術家ばかりではない。

 建築当時の若い彫刻家や建築家たちは、みなタマーラとボニートに師事しようと、ふたりの元に集った。双子が特定の弟子をとることはなかったが、それでいて技術を秘匿することはなかった。


 国の内外から集まった芸術家たちは、ふたりの技術を盗まんと建築途中の教会周辺へと住み着いた。これが、芸術の都セルモンドの始まりである。芸術家によって入植された街とえば、セルモンドのほかにはない。

 セルモンドとは、多くの芸術家たちが自らの技術を高めるために作り上げた街なのだ。


 ジェラスティーナ大教会を囲むようにして街が広がる円形都市、セルモンド。放射状に走る大通り、建造物の配置、そして街の東部を切り取るソン・ザーニャ。教会の美しさを最大限に引き出すように計算して設計されている。

 タマーラとボニートを慕った彼らは、ふたりの技術を見て学び、街を作ることでその技を磨いたのだろう。


 ランドウルフ時代を生きたセルモンドの住民は、芸術に人生をかけた双子の意志と技術を継ぐ、生まれながらの芸術家だった。でなければ、あの都が千年以上もの時を芸術の都として君臨することはなかったはずだ。

 領主の許可なく建て増しを行った者や、街の景観を汚した者が死罪に問われた、という話は現在のセルモンドにも語り継がれている。唾を吐いたら死刑だぞ、とセルモンド住民たちは揃って口にする。



 五十年を教会と彫像に捧げた双子は、生涯にただひとつの大作を作り上げた。しかし、ふたりが遺したものはそれだけではない。

 セルモンドに脈々と受け継がれる芸術への想いこそ、双子と弟子たちによる大きな芸術作品と言えよう。

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