一歩

 ラウラはこの家に来た時、自分で志願したと言っていた。


 冗談でも比喩でもなく、どうやらそのままの意味であるらしい。ラウラ・ガラ・セルモンドは、絵を描いてみたくてこの家に来たのだ。


 ラウラが急いで作ってくれた朝食を食べながら、真剣な話を聞いていた。今日もパンが美味しい。ありがとうパン工房のおじさん、ありがとうトスカ・サリエラ。

 同じ席につこうとしないラウラを、一緒に食べてくれないのなら弟子入りの話は無しだと脅して、今日は久しく人と朝食を食べている。ただ、ラウラはいまのところ一口も食べていない。


「私はジークレット様と同じです」

「……はぁ」

「生まれたときから、先天的に魔力がありません。当主の座は初めから兄のアーレストが継ぐと決まっており、私には幼い頃からなんの期待もかけられてきませんでした。失礼な言い方かもしれませんが、ジークレット様と同じように家を追い出されて隔離される可能性もあったのです」


 悲痛な表情はラウラがそれを思い悩んできた証だ。きょうだいと会うこともないまま成人を迎えた私と違い、心無い言葉もたくさんかけられてきたのだろう。魔力を持たないというだけで、きっとたくさん辛い思いをしてきた。

 しかし、魔法が使えないことを残念だと思うことはあれど、魔力がないことに思い悩んだことのない私には、それを共感してあげることはできない。


 ラウラの苦悩はラウラだけのものだ。無責任に、大変だったね、可哀そうだね、と同乗の言葉を吐くのは、悪人の所業だと私は思う。


「姪のエルネスタに贈られたパン皿を覚えておりますか?私はあのタルクウィニアを見て感動したのです。それを描いたのが魔力を持たないジークレット様と聞いて、胸が震えるくらい……涙が出るくらい……」


 ぐっと顔を上げたラウラと目が合う。真剣な空気に背中がゾワゾワして気恥ずかしく、意識して笑みを浮かべる。ヘラヘラしなーい、ヘラヘラしなーい。


「羨ましかった。悔しかった。嫉妬した。でも一番は……憧れました。デルフィナ様に甘える一面を見せながら、それでも兄と対等であろうとする姿に。私と同じ魔力なしなのに、一流の彫刻師と並ぶ力があることに」


 ジークレット様のような特別なものが欲しくて、私となにが違うのだろうと考えて、悩んで、ジークレット様のようになりたくて、嫉妬が膨らんで、勝手なことに恨んだりもしました。


 ラウラは少し笑う。どういう意味の笑みか分からず、それでも私は微笑み返す。馬鹿みたいに見えているだろうな。


「落とし子と言われるジークレット様には、最初から特別な能力があるのだと思っていました」


 前世の記憶と経験が落とし子たらしめるのであれば、私は間違いなくタルクウィニアの寵愛を受けた人間だ。しかし、世界に多大な影響を与える偉人という意味であるなら、私は逆立ちしたって落とし子にはなれない。


「この屋敷に来て、知りました。ジークレット様が特別なのは絵の才能ではなく、絵を描き続ける才能だったのですね。ひたすらに、がむしゃらに、愚直に。まるでジークレットの花言葉のように」


 『誠実』『真摯』。それは嘘だ。勘違いだ。私にそんなものはない。平民と違い、七歳から働きに出る必要のない貴族令嬢だったから、それをかさに着て遊んでいただけだ。


 貴族として魔力がないことに思い悩めるラウラに、一番もらってはいけない言葉だ。


「ジークレット様の姿を見て、とても恥ずかしくなった。この人と比べて、私はなんて卑屈で、怠惰な人間だろうって。準爵もいただけない、嫁にもいけない……ならばせめて、いつか使用人の枠が空いたときのために、家事を学ぶだけ。特別がほしい。羨ましいなんて言っておきながら、私、最初から諦めていたのです」


 首を横に振る。肯定してはいけない。肯定なんて、できるはずがない。

 私はそんな人間じゃない。ラウラのような真っ当な人が憧れていい人間じゃない。


 恥ずかしいのは私だ。私のほうだ。


「ラウラ様は恥ずかしく思う必要なんかありません。逆です。誇りに思うべきです」


 私はクズだ。実力も真面目さもないくせに、プライドばかり高いクズ。


 八方美人の裏側に自分の恥ずかしいところを隠しただけのハリボテ女。こんな時でも私は、自分を卑下するのではなく、ラウラを認めることで自身の矮小さを隠そうとする。

 けれど、本当はクズなんて嫌だ。真っ当な人間になりたい。私だって、芯から誠実だと思える人間になりたい。でもそれは、なりたくてもなれるものではなかった。


 だから私は口を開く。やりたいことを、やりたいように、あるがままに。そうあるために、私はクズを隠さない。


 心に建てたハリボテを、蹴飛ばした。


「私は貴族というものから逃げました。魔力がないこと言い訳に、父から疎まれたことを言い訳に、貴族という重たい責から逃げたのです」


 私の才能は大事なことから逃げること。失敗して身を滅ぼすまでがセットだ。

 胸がキリキリする。呼吸が浅くなる。恥を認めるのは苦しい。


「だって、好きでもない男性と結婚したくもないし、やりたくもない準爵の仕事もしたくない。主人に頭を下げ続ける使用人なんてもってのほかです」


 浅くなりがちな呼吸を抑えたくて、なるべく深く息を吐きだした。借金まみれの頃に学んだ方法だ。息が苦しいときは、吸うよりも吐く。過呼吸になりそうなときは、深く吐くのだ。


「私なんかより、ラウラ様はずっと真面目で誠実です。魔力がないことに向き合って、自分ができることから逃げずに学んできたではないですか。今日の朝食だって、とても美味しいですよ」


 冷めてしまったスープを匙で掬いあげる。


 今世の私は家事なんかひとつもできないのだ。やりたくないから、やらなかった。それで良いと甘やかしてくれる人たちの庇護を受けて、ただ幸運だっただけ。怠惰なのは私だ。

 ラウラは当たり前のようにこの家で家事をこなしてくれるが、それは言うほど簡単なことではない。この屋敷はもともとヴァイオ家の別荘であり、魔力を持つ者が管理することを前提に建てられている。灯りひとつとっても、魔力を使用する。台所なんて、どこもかしこも魔導家具である。そんな屋敷で、魔力のないラウラはひとり、家事をこなす。


 本物のクズに向かって自身の怠惰を吐露するなんて、ラウラには三十年早い。私のクズは年季が違う。


「それに、ラウラ様は行動できる方ではないですか。伯爵家でありながら、元子爵家の私のところへ来てくださいました。仕事を疎かにすることもなく、絵という未知の技術に挑戦しました。年下で、身分も下である私に恥を偲んで想いを語り、師事したいと言ってくれました」


 私にはすべて、できないことだ。私なんて一度死ななければ、やりたいこともやりたいと言えなかったのだから。彼女は私からしてみれば、少し眩しすぎる。


 ラウラの目から、涙がぽろぽろと溢れた。泣き顔は少し、エルネスタに似ている。


「私は……私はやはり、ジークレット様のようになりたい……!」


 ダメですよ、それは。私みたいになったら、女に養ってもらって借金まみれで、ニコチン依存症のギャンブル依存症で、最後には刺されて死にますよ。


 あぁ、思い出した。すごく場違いだけれど、なぜかふと思い出した。そうだ、私は刺されて死んだのだ。あの子にはずいぶんと凄惨な場面を見せてしまったな。トラウマになっていないといいけど。

 まぁ、そんなことはどうでもいいか、とラウラに意識を戻す。


 ラウラの次の言葉は、私にもわかる。そして、私の答えも決まっていた。


「ジークレット様、どうか私に、絵を教えてください!」


 もちろん。よろこんで。


 ラウラを正式に弟子にするため、やらねばならないことがいくつかあった。

 といっても、必ずその手続きを踏む必要があるわけでもない。このままセルモンド家からの出張ハウスキーパーを続けてもらい、その合間に絵を描くのでも構わない。


 しかし、これはあくまでもセルモンド家とラウラの問題であって、私がどうこうしろと押し付けるのはお門違い。

 ただ、なぜガラ・セルモンドの実妹という立場で我が家へ派遣されたのか、それはもう少し真面目に考えるべきであったとは思う。


 ラウラは今のところアーレストの実妹として、セルモンド家に籍を残している。結婚していたこともなければ、子どももいない。どこかに雇われていた経験もない。セルモンド家としては、他家の使用人枠が空かなければそのままでいるつもりだったのだろう。

 号を返上して平民で生きていくなど、実は大事も大事なのだ。血族を追い出したとなれば、一人の世話もできないとして、その家も周りから白い目で見られかねない。体面を気にする貴族社会は非常に面倒で厄介極まりない。


 だからコルシーニは、私が七歳になったときにわざわざ進路についての話をしに来たのだ。あのままであれば、デ:ヴァイオの血族として商会にでも雇われていただろう。

 私が自分で家を出ると言い出したときに、アーレストの力を借りようとしたのもこれが理由だ。

 なにかしらのペナルティは覚悟の上だったのだけど、まさかナーシャを取り上げられるとは思ってもいなかった。ナーシャとレーナを取り上げるのは、私にとって一番の損失だ。まあ、楽観視していた私の責任である。いまさら文句も言えまい。


 ラウラは号を返上し、ひとりの平民として生きていく。雇用先は言わずもがな、我が家。


 ちなみに私も、絵画職人などと好き勝手に名乗っているわけではない。号を返上した際、『ヴァイオ絵画工房』として正式に届け出を出している。代表は私、従業員も私ひとり。もともとヴァイオの名前を工房に使う予定はなかったのだが、父であるコルシーニとの約束で家名を掲げる羽目になった。

 工房の設立にはそれなりに面倒な手続きを踏んだ。成人には税金の支払い義務があるために、重たい体に鞭打つ羽目になった。前世では数多くの税金を踏み倒した経験があるが、私だって好きで督促状を燃やしたわけではない。


 燃えたと言ってもライターで火をつけたとかそういうことではなく、煙草の火でちょっぴり焦げただけだ。納税額がちょっぴり焦げただけ。わざとじゃない。わざとじゃないもん!


 私はこのヴァイオ絵画工房に、ラウラを見習いとして雇おうという魂胆でいる。


 ラウラがハウスキーパーのままでも私はセルモンド家に雇用費を支払うつもりだったので、人件費を払うことに変わりはない。ラウラが正しく弟子として生きていくか、それとも習い事として絵を楽しむか、その違いだ。


 正式に弟子とするなら、絵で食べていくために厳しくしなければ!という高尚な考えはない。私は怒鳴ったり叱ったりするのが苦手なのだ。そんなことは金をもらってもやりたくない。大成するかしないかはラウラ次第だし、ほかにやりたいことが出来たのなら構わないのである。

 なんと言っても届出の記入欄にあるのは名前と労働時間、最低月給、昇給の条件、雇用中の補償だけ。経理だとか総務だとか、営業だとか、総合職だとか、細かい労働内容の記載はない。あくまで工房の従業員としての雇用となる。


 決められた時間内でどのような仕事を割り振るのか、どのような位置づけにするのかは、工房の代表に委ねられる。ダルドやデルフィナの工房では、従業員全てを技術習得のための弟子として扱っていた。


 だから私は、ラウラを従業員として雇用する。彼女の仕事はハウスキーパーと絵の勉強。

 ラウラの雇用が続く限り、そして私の絵画に需要がある限り、私はラウラに給料を払う。


 ラウラの人生に責任を持つなんて、そんなたいそうな役割は背負えない。


「で、アタシに助けを求めに来たわけだ」

「はい、助けてください、デルフィナ様。あとハグしてください」


 背が伸びたので、デルフィナにハグされると胸の圧迫感がすごい。埋もれる。

 ソン・ザーニャのほとりで抱き合うのはなかなか恋人っぽくて良いシチュエーションだと思う。川に潜むのは凶悪な顔面をした肴だが、そんなことを気にしてはいけない。必要なのは川面に輝く太陽のきらめきだけ。


 人生の責任なんて背負えない。クズにそんなことはできない。

 だけど、可愛いものは可愛いのだ!


 だって、弟子だ!生徒だ!そんなの可愛いに決まっている!もう少し笑って、フランクに接してくれたらなお良し!

 嫌われていないことが判明した私は強い!


「そもそも弟子とはどう扱うべきなのでしょう……?」

「この体勢のまま話し続けるのかい?」


 しぶしぶ離れる。


 先生などやったことのない私には、急に師匠だ弟子だと言われても、なにをしたらいいのか分からない。だから、それを聞くという口実でデルフィナに会いに来た。間違えた。


 デルフィナに会うという口実で、弟子の扱いについて聞きに来た。


「そうさね、うーん……なんだろうね?」


 首を傾げるデルフィナ。かわいい。

 違う。そうじゃない。


「親方と弟子の関係なんて、十の工房があれば十のやり方があるんだ。決まったやり方なんてものは、この世にはないってね。突き放すようだけど、その子と過ごしていくうちに見つけるしかないねぇ」

「そうですよね……」


 そう、そんなことは薄々勘付いていた。だって、小学校の先生だって色々なやり方があった。生徒次第というのももちろんのこと、先生の適性だって大いに関係してくる。

 一対一で付き合うのが上手いのか、一対多数の授業が得意なのか。


「あー!アタシはその顔に弱いんだよ……!わかった、いくつか教えてやる。でもこれはあくまで一例だ。本当のやり方ってのは、ジークレット様が見つけるんだよ」


 大きな手が私の頬を撫でる。以前こうしてから、デルフィナはたびたび頬に触れてくるようになった。

 自分でも頬が柔らかい自覚があるし、可愛いものが好きなデルフィナだから、柔らかいモチモチも好きなのだろうと思う。


 でも、本当にお願い、忘れないで。ジータちゃんは恋する乙女なのだ。しかも思春期。下腹部が騒ぎ出すから、本当にお願い勘弁して好き。


 ソン・ザーニャのほとりでキスして、というタイトルのロマンス映画をつくろう。絵描きと彫刻家の恋物語だ。生まれ変わったら映画監督だ。そうしよう。


「たとえばアタシの親父。あの人は絶対になにも教えちゃくれない。ただとにかく見て学ばせる。そんで、筋がいいやつには黙ってただやらせてみる」


 背中を見て学べというやつか。直接お会いしたことはないが、なんとなく頑固親父の気配がする。


「ダルドは逆さね。とにかく教える。見てるこっちが嫌になるくらい口うるさい。でもアイツは分け隔てない。上手いやつも下手なやつも、弟子の区別をつけない。だから慕われるんだろうね」

「デルフィナ様は?」

「ふふ、アタシはどうだろう。やる気があるやつは下手でもとことん教えるが、上達する気がないやつはたとえ筋が良くても何も言わない、かな。そういうやつは教えることもなければ叱ることもないよ」


 ダルドもデルフィナも、言われてみればそんな感じだ。たしかに、参考にはなるかもしれないが、同じようなことはできそうにもない。


 スリスリと指先で頬を撫でられる。大洪水だ。何がとは言わない。言わないけれど、帰ったら下着を替えようとこっそり思った。


「あとはハルクレッド。これはジークレット様のほうが知ってるかもしれないけど、あの人は教え子に頭を使わせようとする。考えられるやつにはとことんまで付き合うが、考えられないやつは適当にほっぽりだす。そのあたりはアタシと似てんのかな」

「ああ……いかがお考えですかな、どう思いますかな、というやつですね」


「そう、それそれ。ハルクレッドの中では、ジークレッド様が歴代でもっとも可愛い教え子だってさ。ジークレッド様にとっても、ハルクレッドはいい先生だろう?妬けちゃうね」


 どっちに!?ハルクレッドに?私に?そのあたり結構重要だと思います、デルフィナさん!

 でもそんなこと訊けない……!


 ハルクレッド先生の奥さんはデルフィナ様ですよ、返すべき?ハルクレッド先生はデルフィナ様を一番に愛しておりますから、私のほうが妬けてしまいますね、と返すべき?


 それとも、私がもっとも慕っているのはデルフィナ様ですよって返してもいいの!?


「好きです、デルフィナ様……」

「アハハ、なんだい突然!アタシもジークレッド様が好きだよ」


 脳内でパニックをおこした結果、盛大に返答に間違えた。そして盛大に正解を踏んだ。


 ついでに下腹部の堤防も決壊した。


 もうやだ、思春期……無理、好き、ほっぺにちゅーくらいなら許してくれる?ハルクレッド先生。


 いやいやいやいや、ダメだよ……な、ぁ、え?


「どこまでだったら、ハルクレッドは許してくれるだろうね?」


 頬に触れた柔らかい唇の感触にもう一度堤防が決壊して、デルフィナの笑顔で津波がきた。

 ヤッバイ、コレ。まずい、色事を経験したことのない思春期の身体で、性的な知識ばかりか経験した記憶があるというのが、こんなにも辛いものだと思わなかった!


 そんなことされたい!どこにとは言わないけど!こことか、こことか、そことか!だって、私の記憶はそれが快楽だと知っている。

 どうして!私の気持ちを知っててそういうことするかな!この身体はもう子どもじゃないのだ。新しい命を宿す準備だってできてしまっているのに!

 あれか、デルフィナにとって私はいつまでも十歳の子どもというわけか。


 胸の奥も身体の奥も、どこもかしこもジクジクと疼く。このままだと色々な創造と妄想を重ねて、きっとハルクレッドに醜い嫉妬をしてしまう。今だってそのきらいがあるのだ。


 醜い嫉妬をぶちかました挙句、ふたりとの関係を壊すなんて、最悪だ。


「あれれ、止まっちゃった?おーい」

「で、でるふぃなさま……」

「頬のキスひとつで真っ赤にならないでよ、かわいいなぁ」


 まずは落ち着こう。

 素数、素数、あれ、素数ってなんだっけ?ゼロは素数に含まれないよね?最小の素数は二だよね?


 ダメだ。心と身体の堤防が決壊したら、次に決壊するのは涙腺だろう。

 無理、性欲が突き抜けて泣くとか無理。色々な意味で心が折れる。


 ええい!こうなったらやめてくれと言うしかあるまい。それによってデルフィナとの触れ合いがなくなったら、それはそれで泣くのだろうけど。いつか無様な失態を晒して大恥をかくことを考えたら、背に腹は代えられない。


「でるふぃなさま……からかうのはよしてくださいませ……私、思春期なのです」


 声が震える。


 恐怖とか、羞恥とか、そんな理由ではない。そんな可愛らしい理由ではないことそのものが羞恥である。


 無理。本当に無理、性欲が突き抜けて声が震えるのは無様すぎる!

 しかも、告白している内容が、思春期です、だよ。こんなの貴方に劣情を抱いていますと告白するようなものだ。無理。なにを言ってるんだろう。やめれば良かった。


「色々と、その、想像してしまったりするのです……このままだと、バカな私は本気にしてしまいます。そうなって困るのはデルフィナ様ですから」


 だから、これ以上はからかわないでほしい。ハグで我慢するから、思春期の恋を弄ばないで。


 そう思って羞恥に耐えて言葉にしたのに、デルフィナは片手で覆ってふるふると震え始めてしまった。

 嘘でしょう?笑われてる?いや、真剣な顔で謝られたりしても嫌なのだけど、これはこれで死ぬほど恥ずかしい。ソン・ザーニャに飛び込んでプリツアーノに食われたい。


 指の隙間から、濃い青い目がうっすら覗いた。


 こちらを見てはいなかったけれど、だけどデルフィナは、けして笑ってはいなかった。


「なんていうか……ちょっと、アタシの我慢がきかなくなりそう」


 ごめんね、と呟いたデルフィナに今度こそすべての堤防が決壊した。やってきた大波にぜーんぶ流された。


 ごめんなさい、は私の台詞。


 波に流されたまま、デルフィナの手首を掴んで顔から引き剥がすと、思い切り背伸びをしてその唇を重ねた。


「じーく、んッ!?」


 これが最後。これ以上は望まない。

 だから許してと願いながら、私は思うがままに唇を吸って、舌を絡めて、そして。



 そしてそのままダッシュで逃げた。





※結論、デルフィナが悪い

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