みんなの歴史 別冊~栄華のランドウルフと落とし子たち~
【神と呼ばれた偉人編】
〇トスカ・サリエラ(不明)
タルクウィニア教における代表と言える農耕神トスカ・サリエラ。
その名は祈りの句としても唱えられ、またパンの原材料である芋にもその名がつけられている。タルクウィニア教徒でなくとも、一度はその名を聞いたことがあるだろう。
農耕神トスカ・サリエラは豊穣を司る神であり、具体的な逸話も多く残っている。長く実在が疑われてきたが、二一四一年のシャンナ遺跡発見により、実在説が濃厚とされた。
シャンナ地方の村々における農業は一二〇〇年以降から急激に発展しており、サリエラはその発展に大きく尽力したものと思われる。
ここでは彼を、実在したであろうと仮定して、その代表的な逸話を紹介する。
『毒芋を食らうトスカ・サリエラ』
作:ジークレット・ヴァイオ(所蔵:ジェラスティーナ大教会)
トスカ・サリエラはシャンナ地方の農村の生まれである。幼い頃から勤勉で、村の土壌改革に熱心な男であった。
動物の糞尿を用いた堆肥や、食材由来の農薬、農法、そして農具。彼の提案するものは、多くの者にとって神の知恵と見えたのだろう。
サリエラは小さな村の農夫でありながら、その時代を生きた者たちの英雄だった。
水害続きの飢饉で苦しんだサリエラは、ある晩タルクウィニアの神託を受け取った。翌日から早速、サリエラは神託通りに動き出したという。
種芋ひとつあれば、どこにでも繁殖するチスカ芋。サリエラはそれを食そうとしたのだ。当時、チスカ芋は毒芋と呼ばれ、その繁殖力の強さから厄介な雑草として扱われていた。
すりおろした毒芋を灰で煮る。
灰汁で煮て強いえぐみを取り除くという加工法は、現在でもよく知られた技法だ。しかし、加工法が確立されていなかった時代、触ればかぶれる毒芋を灰で煮て食そうなど、周囲の人々には狂気に見えた。真面目で実直な男だった言われながらも、狂気のエピソードが多く残るのは、彼の突拍子もなく思える行動が故だったのかもしれない。
サリエラが生み出した農法には科学知識を応用したものが多く、落とし子三大タイムスリッパーなどとも呼ばれている。
トスカ・サリエラ、センフ・ディ・マリピエーロ(p二八)、ネルベル(p四〇)の三人は、時空を超えて人類の救世に向かった落とし子だという説には、科学的根拠、歴史的根拠は一切ない。それでもなお、この説は根強く唱えられている。魔法という不可思議な力を持った時代を思えば、まったくもって突拍子もない話とは言えないのかもしれない。
サリエラの行った毒芋の加工は見事に成功し、村人たちは飢えを免れた。その話は瞬く間に村から村へ、そして国全体へと伝わっていく。
シャンナ遺跡で発見されたサリエラの資料では、彼は神ではなく賢人として扱われていたようだ。サリエラを神と持ち上げたのは、村から遠く離れた地方でのことだった。
『我が子を食らうトスカ・サリエラ』
作:ジークレット・ヴァイオ(所蔵:ジェラスティーナ大教会)
いずれ彼は村の賢人として豊かな生活を送るようになった。しかし、農業とは自然との闘いである。いつふたたび飢饉に襲われるか、たとえ豊かになろうともサリエラはその恐怖を忘れることが出来なかった。
トスカ・サリエラの神話は、必ず狂気の一言をもって閉じられる。
「なにを言っても息子は変わらぬ。思い通りにならぬなら、食べてしまえば良い。我が身を滅ぼすのなら、息子が大人になる前に食べてしまえ」
トスカ・サリエラには息子がいた。しかし、その息子はサリエラとは違い、農業に従事することはなかった。
サリエラの知恵によって飢饉を逃れ豊かになった村では、必ずしも必死に畑を耕す必要がなかったのかもしれない。
だが、サリエラは大飢饉の恐怖を忘れられない。自然と触れ合い、農業への造詣が深かったサリエラにとっては、災害による飢饉は単なる不運ではなかったのだ。いつまた飢えが襲ってくるかわからない。サリエラはその恐怖に怯え続けた。
やがてサリエラは精神を病み、息子を飢えの象徴と捉えるようになる。家の蓄えを息子が食らい尽くすであろう。息子は災害を呼び、ふたたび飢餓を招くであろう。我が息子こそが、我が身を滅ぼす災厄となるであろう。
そしてサリエラは狂気に身を堕とし、血の繋がった我が子を頭から食らったのだという。
トスカ・サリエラはタルクウィニア教における豊穣の証であり、そしてまた、飢えの恐怖の象徴となったのだ。
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