ラウラという女

成人式は愛を語る儀式1


 絵が売れる、という経験を、まさか自分が出来るとは思ってもいなかった。仕事も勉強もせずに絵ばかり描いていたあの頃、個展を開いて絵を買ってもらって……なんて空想をしていたことを思い出す。


 最初に売れたのは花の絵。買っていったのはアーレスト・ガラ・セルモンド、この街を治める領主様だ。娘のエルネスタが私の絵を気に入ったので誕生日のプレゼントにしたらしい。

 初めはエルネスタの肖像画を、という話だったが、私がエルネスタ本人を好かないためお断りした。「アタクシに褒められるなんて感謝してもよろしくてよ!オホホホホホ!」と高笑いされたのは、三年たっても忘れられない。

 結局アーレストは、花で作った顔料を試すために描いた絵をお買い上げしてくれた。絵のタイトルは『春の色』。春に咲く花で作った顔料で、春に咲く花を描いた。


 言い値で買うというので、思い切り吹っ掛けて金貨四十枚。よもや「安いな」などと言われると思っていなかった。安いわけがない。家が余裕で買える。

 売れるものなどと思ってもいなかったので値段なんて考えてもいなかったのだ。仕方なしに、『春の色』と同じサイズの絵は、塗料の色数と原価を鑑みながら金額を合わせた。


 次に売れたのは、ソン・ザーニャのほとりを散歩する人々の絵。青系の塗料を試したくて描いた、とにかく青い絵だ。タイトルは『掃除屋の仕事』。きらめく水面の下には、凶悪な顔をした生物が泳いでいる。あれはたしかに飛んでいる鳥も捕食する。

 お買い上げしてくれたのは、アーレストと懇意にしている美術品マニアと名高い某伯爵。

 彼はデルフィナにも依頼して、白石製の支払箱スケータを注文した。私が現在手掛けているのは、その品の色付けだ。


 その後、アーレストが『春の色』と同シリーズの『夏の色』『秋の色』『冬の色』すべてを購入してくれたし、名前しか知らなかったお貴族様たちまで紹介してくれることになった。美術関係のパイプが太い商会も、二点ほど取引がある。


 タルクウィニアをはじめとする神様シリーズや、前世の絵画に倣った神話のワンシーンシリーズは、高いものでは白金貨まで出てきている。描きたいものかと問われると首を傾げざるを得ないが、この国の人々にとって宗教画はとっつきやすい題材だろうと思って、二年ほどそればかり描きまくった。

 さすがにパクリ甚だしいので、『我が子を食らうトスカ・サリエラ』はまったく違う構図にしてある。オマージュだ、オマージュ。盗作じゃない。

 ちなみに『毒芋を食らうトスカ・サリエラ』も描いた。セットで売れた。まいど。


 たったの三年。なんと、たったの三年で私は大金持ちである。顔料はすべて手作りで、ものによっては原価がバカにならないものある。けれど、そういった必要経費を差し引いてもめちゃくちゃ儲かっている。

 並行世界にいるかもしれない未だに利子で胃を痛めている私に、奨学金と借金の返済、あと未納が続いている年金や国保の支払いを変わってあげたい。


 たしかに私が稼いだお金だし、それだけの価値を見出してもらったことを嬉しく思う。だが、ただ物珍しいだけだよな、とか、自身の怠惰癖とか、そういうことを思うとどうにも贅沢は出来そうにない。良かった、この国にパチンコがなくて。



「お母様、あの……べつに動いてくださっても構いませんよ?」


 ギギギ、とブリキのおもちゃみたいな動きで、カルロッタが顔をあげた。

 イーゼルと画板の向こうで、やたらと緊張している我が母、カルロッタ。初めての家族写真で緊張している子どもみたいだ。


 実の親に報告していなかった私もどうかと思う。せめてカルロッタの手紙に「稼いでいます」の一文を足すべきだった。

 放置していた娘の現状を知った父コルシーニと母カルロッタが、わざわざセルモンドまで訪ねてきたのである。成人式があるから、という理由で押し掛けてきたが、まぁ、事実確認だろう。

 ふたりに会うのは洗礼式ぶり。七年に一度しか会ってはいけない、という法律でもあるのかもしれない。


 良い機会だと思って、カルロッタの肖像を描かせてもらうことにしたのだ。おそらく、これを逃すと一生描けない気がしたから。


「あの、ジータ……私、へんな顔はしていませんか?大丈夫ですか?」

「お母様は七年前からお変わりなくお綺麗ですよ、大丈夫です」

「美人に描いてくださいね?」


 今年の冬、私もついに成人式を迎える。十四年、ジークレット・デ・ヴァイオとして生を受けて、もう十四年も経つ。ベッドの中でこっそり日本語を喋ってみたが、舌が巻いてしまって、発音がおかしい気がした。

 でも、まだ忘れていなかった。“私”の名前も、私を看取ったあの子の名前も。


 私は“私”なのか、はたまたジークレットなのか。人格そのままに、この世界で生をもらった。私は“私”で、私はジークレット。じゃあ、“私”はジークレットなのだろうか。

 自身をどこか俯瞰しているような、ときおり感じる心と身体が乖離したあの感覚は、おそらくそう言った誰にも言えない事情のせいだろう。


 情緒も不安定な赤ん坊から、ここまで成長してきたのだ。私はランドウルフ王国出身、タルキス歴一六八二年生まれのジークレット・デ・ヴァイオだ。春生まれで、花の名前をもらったヴァイオ家の長子。ほんの少し前世の記憶があり、ほんの少しその人格に引っ張られているに過ぎない。たぶん、きっと、おそらく……


「ジークレット、この線はなんだ?」

「アタリ、というやつですね。身体の各部位、そのバランスを決めるためのものです。この枠の中にどれほどの大きさで描くのか、どういうポージングにするのか」

「なるほどな、彫刻の魔力像みたいなものか」


 たぶんちょっと違う……

 が、説明するには彫刻の知識が無さすぎるので、そういうことにしておく。間違えているのなら、デルフィナが訂正してくれるだろう。


 肖像画を描かれるのが初めてというのもあるが、カルロッタの緊張は見物人の多さも理由だと思う。

 先ほどから私の後ろで仁王立ちしている父コルシーニ、掃除するフリしてチラチラとこちらを見ているナーシャ、仕事をサボって堂々と見学しているレーナ他使用人たち、仕事の話ついでに見学しているデルフィナ。

 応接室に詰めかけるには多すぎるでしょうよ。


 ナーシャが気になっているのは、絵の進行よりも私とカルロッタの関係だろう。それがどういった心配なのかは想像することしか出来ないが、そういうときはアレだ。とりあえずハグをしよう、あとで。


「ここから色を塗るのか?」

「はい。これから下塗りですね」

「シタヌリ」


 そう、シタヌリ。


 アタリをとるときや下書きには炭ペンを使っている。消すことも出来るし、上から塗料を重ねれば見えなくなる。描き込み中に、乾いた塗料の上から炭ペンで線を引くことも多い。

 デメリットだらけの炭ペンだが、応用編をマスターすれば便利な優れモノに大変身なのだ。ありがとう、大事な相棒。私の手は、今日も変わらずに真っ黒だ。


 前世では模造紙に描いていた下絵エスキースも、今はない。


 アタリを元に、薄めの色で明暗を分けながら下塗りをしていく。

 大事なのは色でつける光陰のほかに、白石塗料の凹凸でつける陰をキチンと意識すること。どこが凸なのか、どこが凹なのか。


 油絵具とはまったく別物だが。何度も塗り重ねて描いていくところは同じ。

 白石塗料は性質上、下の色が重ねた色に強く影響してくるため、私は下塗りの作業をなるべく丁寧に行っている。

 ほんのりと暖かみが出るので暖色系の色を好むが、作品によっては寒色系が良いこともある。今回はもちろん暖色を使う。


 支持体をつくり、塗料で悩み、顔料で大騒ぎをし、七年。試行錯誤した期間のほうが長いような気もするが、画法も含めてもようやくスタイルが固まりつつある。


 画板と呼んでいるこの支持体も、下塗りの塗料も、これから重ねていく塗料も、全てが白石素材。支持体を作っているときから、すでに重ね塗りをしているようなものだ。


「ジークレット様は相変わらずすごいねぇ……この時点で奥様だって分かるよ」

「ふふ、デルフィナ様はいつも褒めてくださいますね」

「好きだからね」


 私が?芸術が?などと無粋なことは聞くまい。こういうことは、勝手に良い方に解釈しておくものだ。

 あぁ、私はデルフィナのことが好きなんだろうな、と自覚してから、この人妻はことあるごとにからかってくるようになった。思わせぶりな態度をとってくるせいで、ほんのりと生まれた恋心が少しずつ少しずつ温まって、今では誤魔化しようがなくなっている。


 しかし、人妻。デルフィナは敬愛すべき師の奥さん。横恋慕するわけにはいくまい。

 だから気持ちだけ。デルフィナのからかう言葉を勝手に変換して、こっそり喜ぶだけ。行動しなければ、気持ちは勝手だ。


 背も伸びて、子どもらしいひょろひょろの手足にも肉がついた。身体はだいぶ女になったと思うが、それでもデルフィナは可愛いかわいいと褒めてくれる。

 それが娘にむける情でも、仕事の相棒に向ける友情でも、情には変わりない。私はデルフィナが好きだし、デルフィナは私に情をくれる。それでいい。


 実の親を目の前にして、「私も好きです」なんて返せるわけもないので、視線で喜びだけ返しておいた。デルフィナにもあとでハグしよう。


「ここの色が違うのは?」

「そこは塗料の盛り上がりで陰にする部分ですね」


 ほう、と呟いて、おもむろにコルシーニが塗料の入ったバケツのにおいを嗅いだ。オイ、やめろ……いや、特に不具合はないが、なんとなく気分的によろしくない。自分から嗅いでおいて眉をしかめるな。


 三年もあれば人は変わる。

 赤子であれば言葉を覚えるし、子どもはぐんぐん背が伸びる。使いっ走りの新弟子だって、親方の期待を浴びる職人の顔になる。

 私だって月経がはじまって、子どもが産める身体になった。

 ましてや七年もあれば、大人だって変わるものだ。カルロッタは少しくたびれた表情を隠さなくなった、でも、一番変わったのはコルシーニだろう。


 王宮、舞踏会、装飾品、ドレス……煌びやかな顔の裏には権謀術数渦巻く政治の世界がある。父の顔を変えたのは、その知略謀略の毒なのか。はたまた別の要素があるのか、それはわからない。

 前世の若い政治家たちも、爽やかな青年だった者が十年経って厳しく濁った眼に変わることは珍しくなかった。むしろ、純粋無垢な目をした政治家のほうが気持ち悪いかもしれないけれど。


 コルシーニはそんな目をしていた。悪いことを知ってしまった、そんな目。厳しく細められた目は、私には悪人のそれに見えた。


「お母様」

「うん?なぁに?」


「お母様とお父様が、成人の儀までセルモンドに滞在してくださるというのは、本当ですか?」


 イーゼルの向こう側で、カルロッタが嬉しそうに笑う。

 手紙と花束のやりとりばかりで、ほとんど関りのない母だけれど、この人の目が変わっていないことに、私はひどく安堵していた。


「えぇ、そのつもりです。コルシーニ様に我がままを言った甲斐がありました。少しの間ですが、ジータの側にいられます」


 半分嘘で、半分本当。


 他人の心が覗ける特殊能力が備わっているわけではない。嘘発見器もない。だけど、誰よりも人の顔色を窺ってきたから分かる。分かってしまう。あぁ、これは嘘だなって。


 私に会いに来たのは、コルシーニが娘の利用価値を確認するためだ。カルロッタが私に会いたいと、そばにいたいと思ってくれたのは本当のことだろう。あの大量の手紙も、屋敷を埋める花束も、骨が軋むアナコンダハグも、その視線も、カルロッタは愛情の塊だもの。


 だけど、どうしたって私はヴァイオ家のスペアだ。


 父親に可愛がられて育った子どもではない。政治的利用価値はないが、捨てるには惜しかったから、七年間好きにさせていた子どもだ。


 結果、私は金を生む道具になりつつある。


 絵画の文化が未発達のこの国で、私は今唯一の画家である。私の生む芸術は珍しく、そして真新しい。彫刻芸術が咲き乱れる花畑に、突然変異で咲いた珍しい花。だから、売れる。


 コルシーニは知らないのだ。私に仕事をさせることなんか出来ないことを。この家の者たちは、それを理解してくれている。ナーシャやレーナはもちろんのこと、他の使用人たちもそうだ。筆を洗ったり、画材道具を仕入れに行ったり、最近ではそんな手伝いまでしてくれる。


 すでに家庭教師の役目を終えたハルクレッドも然り。彼は私の怠惰を笑って許し、宿題も課題も出さなかった。その代わり、何度も問いをぶつけ、多くのことを考えさせた。

 デルフィナやダルドも然り。ふたりは、怠惰で我がまま私を知っても可愛がってくれるし、時には庇ってくれる。


 誰かに何かを強制されることのない世界で、十四年ものうのうと生きてきてしまった。コルシーニの道具になるには、もう遅すぎた。


「嬉しいです。お母様」


 きっと、成人の儀を迎えるまでのひと月が、正しく母と子でいられる最後の時間になる。正しく貴女に甘えていられる最後の時間になる。

 コルシーニの濁った目を見たときに決めたのだ。私はもう、ヴァイオ家の庇護を必要としない大人になるのだと。



〇●〇●〇●〇


 この国の成人式は面白い。なかなか派手な祭りだ。『旗取り祭』と呼んでも良い。


 新成人たちは正装を身にまとい、旗を持った街の人間を追いかけ回すのだ。街の人からたくさんの旗を奪い取り、その旗を持って教会に向かう。旗の数だけワイングラスを受け取った新成人は、そのワインを全て飲み干さなければいけない。


 旗に刺繍されているのはタルクウィニアの髪の色。稲穂色の金。幸福の象徴だ。

 飲み干したワインの数だけ、その者に主の祝福がある。


 新成人に旗を奪われた人間は、新たな門出を迎える者に幸福を与えたとして良縁を、旗を守り切った人間は一家の幸福を支える者として富を。結婚願望のあるものや、子が欲しい夫婦は、積極的に旗を渡したりもする。


 私も昨年、成人の儀に参加した。もちろん旗を渡す側である。とっとと旗を手放して、その後は祭りの様子をデッサンしていた。華やかな衣装をまとって街中を走り回る新成人たちを描くのは、なかなかに心が躍る経験だった。

 売れるかどうかは不明だが、きっちり色も乗せて、絵画部屋に飾ってある。タイトルは『未来』、色数のせいで白金貨に迫る値段をつける羽目になった。


 美しい街が一層賑やかになるこの日が、私は大好きだった。

 今年は私も旗を目指して走り回るのだ。



「絶対に赤よ!赤!ジータの白い肌には情熱的な色が似あうのよ!」

「いいえ!鮮やかな青に決まっています!陽があたると、まるで銀色に輝くのですよ!カルロッタ様は知らないのですか?」


 そして今、産みの親と育ての親が、私の成人衣装の相談をしている。そう、これは相談。

 なんとまぁ、こんな瞬間が訪れるとは。


 カルロッタの手にあるのは、薔薇のような情熱的な赤。布の量が多く、色を併せてもすごく派手。カルロッタが着たらたいそう似合うだろう。

 ナーシャの手にあるのは、ソン・ザーニャを思わせる爽やかな青。背中がざっくりと開き、ドレスの形と併せてもすごくセクシー。ナーシャが着たらたいそう似合うだろう。


 どっちでもいいよ、とは思うのだが、このふたりの言い争いが面白くて止められないでいる。

 なにが面白いって、普段は穏やかなナーシャがところどころでカルロッタを煽るのだ。ナーシャが女っぽいマウントをとってくるとは思ってもいなかった。


「ジータは赤がいいわよね!?」

「ジークレット様は私を選んでくださいますよね!?」


 ナーシャのセリフがちょっとおかしい。


 うーん、さて、困った。正直、私としては本当にどっちでもいい。どちらのデザインも好きだし、ふたりが私に似合うと思って選んでくれたのなら、実際にそうなのだろう。

 だからと言って片方を選べば不和になる。ならばいっそ、第三者に間を取り持ってもらうのもアリだろうか。


 衣装選びに参加していた、第三の保護者、デルフィナに視線を向ける。バチコーン!と音がしそうなウインクに撃ち抜かれた。好き……


「いいや、金だね!タルクウィニアに愛されたジークレット様だからこそ、金をまとうべきさね!」


 そっちかーい!!選択肢増やすんかーい!!

 昭和バラエティーのようにズッコケるところだった。


「金は派手すぎてイヤらしいでしょう!私のジータにそんな下品な衣装は着せられません!」

「私の、ジークレット様にご自分の髪色をまとわせようなんて、いささか図々しいのはないですか、デルフィナ様」

「なぁーにが揃いも揃って、私の、だ!ジークレット様に一番好かれてるのはアタシだね!」


 待って、これそんな話だった?『クズ女が貴族令嬢に転生したら美人ハーレムに囲まれてるんだが』ってタイトルに変えたほうがいい?


……うわ、すごい、ハーレムは嬉しいけど、右から人妻、未亡人、人妻。わお、マニアック。


 じゃない。ヒートアップしてしまった……

 ひとまず、場をおさめるのが先決。すぅぅぅぅ、と息を吸い込んで、ジークレットとして生まれて初めて大声を出した。流石に蚊帳の外過ぎて悲しくなったのもある。


「うるさぁぁぁぁぁい!!!」


 私のために争わないで。なーんてね。



〇●〇●〇●〇


 引くほど笑われている。笑いすぎて死ぬのではないかと思うほど笑われている。この一家、ゲラだなぁとは常々思っていたが、今までで一番笑われている。


「ふははは!はーっはっはっはっはっ!これはこれは、はっはっはっはっ!」

「だァっはっはっはっ!ヒィー、苦しい!笑いすぎて腹筋攣るッ!クソ!あっはっはっはっ!」


「ハルクレッド先生、ダルド様……そんなに笑わなくても……」


 すぐにヒートアップする人妻たちの収集に手間取った結果、私は神官教師と木彫師を召喚した。


「私のために人妻たちが喧嘩をするのですが、どうしたら良いでしょう」


 とそのまま言った。

 衣裳部屋の隅に並べた椅子に三人を座らせ、その人妻たちの目の前で言ってやった。ちょっと面倒になったとか、そんなことはない。断じて。


「なぁーにしてんだよ、お袋。面白すぎんだろ!」

「いやはや、うちのデルフィナがご迷惑をおかけしましたな!ふはははは!」


 笑いすぎて目尻に涙を溜めた似ていない親子が、いまだに笑いを引きずりながら衣装部屋を眺める。

 人妻ふたりと未亡人は揃いも揃ってむくれた顔をしているのだが、私の頼れるお姉さまたちはいったいどこへいったのだろう。


「うるせぇ!女の子の可愛さは女が一番知ってるんだよ!むさくるしい男どもは黙ってな!」

「ふはは!そのご本人に助けを求められて駆け付けたんだよ、デルフィナ」

「そうだそうだ。工房に駆けこんできたレーナちゃんの顔ったらなかったぜ!うははははは!」


 レーナ、走らせました。だって、あの子足早いんだもん。


 この国には電話などない。電報もないし、ポケベルもない。すぐに呼び出そうと思ったら、人の足を使った伝令しか選択肢がないのだ。しかも、セルモンドの街中は馬車の乗り入れが禁止されている。急ぐなら走れ、ということ。


「で、嬢ちゃんの成人衣装って言ったか?」

「家族で決めるようなことに、なんでデルフィナが顔を突っ込んでるのだ、まったく……」

「アタシはジークレット様の女だからね!」


 わぉ……うふふふ。嬉しいけれど、旦那の前で言うことではないよ、デルフィナさん。


「それで言えば、私だってジークレット様の女です!」


 わぉ……うふふふ。嬉しいけれど、実の母の前で言うことではないよ、ナーシャさん。

 とういうか、どうしたのだろう。今日のナーシャ、ちょっとおかしくないだろうか。熱でもあるの?


「私の娘を不埒な関係に巻き込まないでくださいませ!」


 ブッ……ふッ……おっと、笑っていない、笑っていない。今の流れにカルロッタが突っ込むのは腹筋に厳しい。助けて、タルクウィニア様。


「ふははは!はっはっはっは!これはこれは、ジークレット様も罪な方ですなぁ!」

「女タラシの落とし子なんじゃねぇか?うはははは!」


「もう!話が進まないのでお三方は少し黙っていてください!ダルド様と先生も、からかわないでくださいませ!このままだと私、成人の儀に寝間着で出ることになってしまいます」


 あとでハグもちゅーもするから黙って欲しい、まじで。

 こら、そこの山賊!笑わない!


「そうです、そうです。話が進みませんな、ふはは!で、どれとどれで迷っているのですかな?」

「どうせジークレット様の髪色にはコレが似合うーとか、んなところだろ」


 ダルドがつまみ上げたのは、デルフィナが選んだ薄い金のドレスだった。流石、親子。

 あ、デルフィナが百点満点のドヤ顔をしている。


「ジータは赤!」

「青です!」

「いいや、金だね!」


 ふぅむ、なるほど。と顎に手を当てたハルクレッドが、しげしげと三着のドレスを眺めた。

 おもむろに取り上げて私の体にあてると、全身を観察する。なかなか恥ずかしい。


「色が映えるのは赤ですな。ジークレット様の雰囲気に似合うのは青。ですが、イメージとしては金」

「どれも悪くねぇな」

「ジークレット様はどちらがお好みですかな?」


 いや、だからね、それを状況的に選べないからふたりを呼んだのですよ。自分でなんとか出来るのなら、カルロッタとナーシャが相談していたときに場をおさめている。


「ふはは、これを訊くのは少しばかり意地が悪いですな」

「うーん、俺はもうちと繊細なほうが好みだな」

「お前の趣味などどうでもいいわ。ジークレット様にはどれが似合うか、だろうが」


 ゴンっと音がしそうな勢いで、ハルクレッドがダルドの肩を拳で突いた。こうしてみると、このふたりもしっかり親子である。


「いやいや、そうは言ってもな、親父。ほら、どうよ。嬢ちゃん、線が細いだろ」

「ほーぅ、なるほど、なるほど。うむ、悪くない。なら、これなんかどうだ」

「あー、いいな。んで、髪にこういうのもアリだな」


 作麼生いかがです、と問うハルクレッドに、ダルドの選んだドレスを指さした。口を開く、説破。


「私はこれが好みです。形が可愛いので。でも、ちょっと寂しい気も致します」

「ふむ、ならばデルフィナの選んだ色をここに、こんな感じは?」

「おー、いいんじゃねぇか?赤をこっちか……青と組み合わせても良いな」


 うん、可愛い。

 鏡の質が悪くてほやけてしまうのが残念だ。十四年も経つのに、私はいまだに自分の顔をまともに観察したことがない。


 ドレスや小物をあてたまま、問題の三人に向き直る。あざとさを最大値まで引き上げて首を傾げた。どうですか?と一言。


「可愛いわ、ジータ!」

「ええ、綺麗です。ジークレット様」

「ハルクレッドが死んだらアタシと結婚しような」


 待って、最後。嬉しいけど!嬉しいけど、ほら!ダルドとハルクレッドが爆笑しているから!

 あと、そこ!母ふたりはその般若みたいな顔をやめなさい!デルフィナも自分の冗談で大笑いしない!


「初恋は叶わないなんていうけどさ、アタシと結婚したらジークレット様の初恋は叶っちゃうね?」


 もぉーぅ!好きッ!!


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