誰かの心を震わせるものとは1


 画板の白と炭ペンの黒。モノクロだった私の部屋は、たった一年で随分とカラフルになった。


 たくさんの画材で溢れているところは変わりないが、いくつか物が増えた。そのかわり、置ききれなくなったデッサンやクロッキーは、使われていない客間に押し込まれている。屋敷の広さに比べ、住人が少なすぎるのだ。使用人たちに個室を与えても部屋が余りまくっているのだから、これはスペースの有効活用と言っていい。断じて邪魔になったからとかではない。


 増えた物。たとえば筆。わざわざ特注で作ってもらったものだ。ゼロ号から二〇号までの丸筆、八号から二〇号までの平筆、ダガーやフィルバードなどの穂先も各種揃えている。天井に通したロープにピンチでぶら下げられているもの、ペン立てに無造作に突っ込んだもの、筆洗器に入れっぱなしになったもの。筆マニアが狂喜乱舞しそうなくらい数がある。


 たとえばイーゼル。今までは画板に紐を通して肩や首にかけていたが、重たくて肩が凝るので、ダルドに複数作ってもらった。「うちは木彫専門だぞ」という小言をもらったが、ダルド以外の木工職人を知らないので許してほしい。イーゼルだけでなく、額縁などもこれから依頼するつもりなのだから。

 デルフィナの白石粉のお陰で重量が軽減したとはいえ、塗料を乗せ始めたら一気に耐えられない重さになってしまったのだ。ジータちゃんの骨格が歪に歪む前に、イーゼルの用意は急務だった。


 木製パレット、ペインティングナイフ、筆洗器。そして、増設した棚にずらりと並んだたくさんの顔料。ずいぶんと絵描きらしい部屋になったと思う。



 描きたいものはたくさんあって、どれだけ時間があっても足りそうにない。青く穏やかなソン・ザーニャ。賑やかなセルモンドの商業地区。姦しい紡績工房の女たち。彫刻職人の生み出す魔法の光景。祭りにはしゃぐ子どもたち。畑仕事で土に汚れる神官たち。


 これが終わったら描こう。そう思い続けて半年。


「おはよう、ジークレット様」

「デルフィナ様!」


 開幕ハグ。出会い頭ハグ。通り魔ハグとも言う。勢いよくぶつかってもダメージゼロで受け止めてくれるエアバッグ、最高。


 子どもであることを言い訳にすればスキンシップ取り放題だ。セクハラじゃない、スキンシップである。

 つい先日、十一歳の誕生日を迎えた。あと三年で成人を迎える準成人と言われる年齢だが、私基準ではまだ子ども。これはスキンシップである!


「あはは、ジークレット様はかぁわいいなぁ」

「デルフィナ様!描きあがりました、お待たせしました!」

「あぁ、楽しみにしてたよ。早速見せてもらっていい?」


 後ろに控えていたナーシャが、応接室のローテーブルに木箱を乗せる。白石で出来た大きなパン皿は元々それなりの重量を誇るものだったが、私がそこに色を乗せたおかげで更に重量が増している。白石塗料は重い。木箱に入れた際に、箱の底が抜けるのではないかと危惧したくらいだ。


 練習と色の試行錯誤を行っていたため、本番の絵皿作成に取り掛かるまでにかなりの時間を要した。絵皿そのものも集中に集中を重ね、ひと月半かかっている。

 洗礼式まで残り二週間。デルフィナは先方にせっつかれていたようで、少し申し訳なく思う。洗礼式の前日までに出来れば良いと言われていたので、私にしては上出来だ。


 締め切りは過ぎてからが本番。という前世のスタイルが嘘のようだった。

 ふふふ、私は生まれ変わったのだよ!あの頃の私とは違うのだ!と、調子に乗ると痛い目を見ることは分かり切っているので、謙虚にいこう。謙虚に。


「さぁて!あけるよ!」

「はい!」


 デルフィナの長い指が木箱の蓋にかかる。緊張もするが、それ以上に楽しみだった。まだ誰にも見せていない、今の私が持つ技術すべてで描いたタルクウィニア。

 ナーシャにも、レーナにも見せていない。描いている風景すら見せていない。


 ソファの後ろに立ったナーシャとレーナも、黙って木箱を見つめている。


「……っ!これは……あは……あっはっはっはっ!あぁ……ッ」

「綺麗ですねぇ、ジータ様」


 ジャジャーン!どうですか!というテンションだったのだが、ドヤ顔のあてが外れてしまった。

 褒めてもらえるだろうとは思っていたが、まさか笑われるとは。



 まさか、泣かれるとは。



 片手で顔を覆っても隠し切れない涙が、ひらりひらりと零れ落ちていく。盛大に笑ったデルフィナが、今度は静かに泣いていた。


「ほんとうに……もっと……もっと早く会いたかった……芸術ってのは、こういうことなんだね……」


 ぐいっと男らしく涙を拭ったデルフィナが、塗料の乾いたそれを持ち上げる。


 稲穂の髪を肩にまとわせたタルクウィニアが微笑みを浮かべながら、デルフィナの施したリンゴの彫刻に指を伸ばす。その向こう側に見えるのは夜明けのセルモンド。たったそれだけの絵だ。


 この微笑みは聖堂のタルクウィニアが浮かべていたもの。最前の、あの位置からしか見ることのできないタルクウィニア。

 二週間後の洗礼式でそれを見ることが出来るのは、セルモンド伯の娘、エルネスタだけ。これは、洗礼を迎えるエルネスタのために描いたタルクウィニアなのだ。


 滲む視界は、泣いたデルフィナにつられただけ。こんな瞬間が、私はずっとずっと欲しかった。チラシの裏にクレヨンで母の似顔絵を描いたあの日から、授業も聞かずノートの隅に消しゴムのデッサンを描いていたあの日から、夜更かししてキャンバスに筆を走らせたあの日から、深夜バスを降りて夜明けのバスターミナルを描いた、あの日から。


「この絵は、デルフィナ様の心を震わせることができましたか?」

「あぁ……痛いくらいに」

「この絵は……エルネスタ様の心を震わせることが、できますか?」


 あぁ、もちろんさね!そう言ってデルフィナは、この皿のタルクウィニアよりずっと綺麗に笑って見せた。



〇●〇●〇●〇



 うわ、帰りたい。全力でそう思った。



 私は基本的にというものが苦手だ。叱られたり怒られたりするより、呆れて去られたほうがマシと思ってしまうくらいには、苦手だ。

 だから常に厳しい顔をしている人間や。いつも余裕なくイライラしている人間が嫌いだった。


 そして、前世でも小柄だった私は、背が高く威圧感のある男性が苦手だった。まぁ、大柄で相手の威圧感をものともしない性格だったとしても、女好きには変わりなかっただろうから、これが性的嗜好に影響を及ぼしたわけではないのは分かる。

 ただ単に、怒られたり威圧されるのが心底怖いだけ。


 根っこのところで人格に変わりのない私は、今世でも厳しい顔をした人間が駄目なのだと、今この瞬間に思い知った。外見でひとを判断するな、なんて綺麗ごと、クズに言うな。


 アーレスト・ガラ・セルモンドという男を見て私が思ったこと。それが、“うわ、帰りたい”である。

 くすんだ金髪をきっちり七三に整え、髭の剃り跡ひとつない。髪と同じ色の眉、その間に刻み込まれたシワが、顔の怖さを冗長していた。

 伯爵と聞いて勝手にオジ様だと思い込んでいたが、見た目年齢は私の父と同じくらいだ。ということは、若くして伯爵位を継いだのだろう。



 私とデルフィナは現在、セルモンド邸の応接室にて当主、アーレスト・ガラ・セルモンドと対峙している。


「納期も守れない工房だったか、ソルマト殿」

「度重なるお問い合わせを頂いたにも関わらず、納品が遅れましたこと、弁明のしようもありません」

「それが悪いと思っている者の態度か」


 金糸が贅沢に使われた絨毯だけでなく、壁に飾られる銀細工やほこりひとつない彫像。目に眩しいセルモンド邸の応接室で、アーレストだけがふんぞり返って座っていた。

 使用人にここまで案内され、部屋に入った瞬間からこの空気である。挨拶をする間もなく、私は大いに萎縮していた。


 デルフィナがアーレストに怒られているのは私のせいだ。二週間前に余裕の納品!なんて調子に乗っていたのが馬鹿みたいに思える。いや、思えるのではなく、実際に馬鹿なのだけど。

 それを分かっているのに、「私のせいです、ごめんなさい」と言えずにいる。デルフィナがやるべき仕事は半年前に終わっていて、私の絵が仕上がるのを待つだけの状態だった。デルフィナがアーレストからせっつかれているのを知っていて、その上で遅くなったのは私のせい。


 クズはやっぱりクズのまま。ごめんなさいと言えないことよりも、デルフィナに任せておけば大丈夫でしょう、なんて考えているクズな根っこが、一番嫌だった。


 眉間にシワを寄せたアーレストに対峙するデルフィナは、確かに謝る人間のそれではない。口では謝っているし、懇切丁寧に言葉を運んでいる。けれど、けして目上の人間にするように膝を折ろうとしないし、顎は勝気に上がったまま。こういう態度こそ慇懃無礼というのだろう。


「もうひとつ、セルモンド様に謝罪しなければならないことが」

「ほう。仕事の場に子ども連れだということかな」


「アタシの相棒だ。謹んでください」


 うわ、怖い怖い、こっちみないで怖い……帰りたい!ナーシャぁ!

 実際に鼻でフン!っていう人はじめて見た……帰りたい!レーナぁ!


「アタシのところに依頼してくださったので、求められているのは彫像かとも思ったのですが……とくに指定がありませんでしたので、パン皿にいたしました」

「は……?ハァ!?な、ななな、なにを考えている!白石の工房に依頼しているのに皿だと!?なにを考えているッ!皿だったら彫金工房にいくに決まっているだろう!指定なんぞしなくとも分かるはずだ!洗礼の祝い品だぞ!作り直せ!今すぐにだ!分かりやすくきっちり注文してやる!タルクウィニア像だ!」


「まぁまぁ、うちの相棒が怖がってるんでね。作り直しても良いんですが、とりあえず品だけでも見てください」


 ハァ!?の時点で、デルフィナの後ろに避難した。なにを考えているッ!の段階で、デルフィナの服にしがみついた。

 私が矢面であれば、今ごろヘラヘラして、さらにアーレストを怒らせていただろう。想像に難くない。

 最終的に「あ、じゃあやり直します、ハイ、へへへ……」と逃げ出した挙句、この依頼からフェードアウトするのだ。


 振り向いたデルフィナが私の手をきゅっと握ると、安心させるように笑った。あっ、好き……

 そのまま手を引かれ、促されてもいないのに勝手にソファに座る。マジか、デルフィナという女の心臓が鋼すぎる。


 仕方ないので私も座る。


「どっこいしょ、っと。洗礼の贈り物って言ったらタルクウィニア像かパン皿でしょう。なんらおかしいことはない。というかね、この皿を見ちまったら、あとはどんなモノでも満足できなくなるよ」

「誰が座って良いと言った!おいッ、弟子まで座らせるなッ!」


「アタシの相棒だって言ってんでしょうが!うるさい男だな!ほらッ、とっとと箱あけな!」


 で、デルフィナさん!?なぜ領主様にむかってそこまで強気に出られるのです!?


 とは言え、弟子扱いには少々凹んだ。さすがの私もセルモンド伯爵邸に赴くのにヤッケは着ていない。ナーシャに選んでもらった可愛いワンピースだ。しかも黒じゃないのに……手の炭汚れも極力落としてきたのに……


 すみませんね、令嬢に見えなくて!


 デルフィナの手をにぎにぎして心を落ち着かせていると、険しい顔をしたままアーレストが箱の蓋に手をかけた。散々文句を言いつつも、ちゃんと自分で開けるらしい。


「フオッ……!?………おい、これは皿か?」

「えぇ、間違いなく皿ですよ。アタシたち渾身のね!」


 アーレストから変な声が聞こえた。推しに興奮したオタクがよくこういう声を出していたと思うが、そんなどうでもいいことを考えていないと、緊張で顔が勝手にヘラヘラするのだ。怖くて、アーレストの反応などまともにみれたものではない。

 デルフィナのときは褒めてくれるだろうという確信に近いものがあった。けれど、アーレストは先ほどまで怒鳴り散らしていたのだ。良い反応を期待するほうがどうかしている。


「なんだ、これは……彫刻か?色がついている……」

「皿そのものは白石、周りの装飾がアタシの彫刻。その色がついた部分は、この子の絵画さね」


「絵?描いたのか?君が?」


 デルフィナに促されて、思わずぎゅんっと立ち上がった。しかめ面すぎて、反応が肯定的なのか否定的なのか判断ができない。怖い。


 右手を胸に、左手をスカートの裾に。片膝を曲げて、もう片方を落とす。


「ご挨拶が遅れましたこと、お許しくださいませ。コルシーニ・デ・ヴァイオが娘、ジークレットと申します」


 セルモンド伯爵に置かれましてもご機嫌麗しく……と続けようと思ったが、どの角度から見てもご機嫌麗しくないので、名乗るだけに留めた。ご機嫌云々に関しては、どう考えたところで嫌味にしかならないだろう。

 挨拶は目下から、というのは貴族として当たり前であるはずなのに、一度ソファに座ってからの挨拶である。何重もの意味で冷や汗ものだった。


「あ、あぁ……デ・ヴァイオの娘というのは君だったのか……あぁ、こちらこそ、すまない。アーレスト・ガラ・セルモンド。このセルモンドの地を治める役目を、陛下に頂いている。ジークレット嬢におかれましても、ご機嫌麗しく。本日はようこそ、おいでくださいました」


 わざわざ立ち上がっての正式な礼に、言葉が出ないほど驚いた。しかし、アーレストの態度も、少し考えればすぐに納得できる。


 父であるコルシーニ・デ・ヴァイオは、大きな商会を手中に収めたことで、領地を持たない子爵でありながら地位を大きく引き上げている。デ・ヴァイオの資金力は大領主にも勝るほどと言われ、多くの貴族に金銭面での援助を行っていた。土地持ちの貴族すら、コルシーニに頭が上がらないこともあるのだ。


 首都に次ぐ大規模都市を治めるアーレスト・ガラ・セルモンドですら、デ・ヴァイオは無碍にできない。

 蔑ろにされることのない身分だと分かってはいたが、実際にこういう態度をとられると驚いてしまう。夜会や舞踏会に顔を出していたらまた違ったのかもしれないが、いかんせん私は貴族令嬢の義務を果たしたこともなければ、実家から疎まれる立場だ。背中がゾワゾワしてしまう。


 促されるままに座り、速攻でデルフィナの手を握る。精神安定剤。左側にナーシャの手が欲しい。レーナのハグが欲しい。帰ったら脳が溶けるくらい甘えよう。


「しかし、ジークレット嬢は、その……魔力がないと……聞いていたのだが」


 貴族なのに魔力がない。または、魔力があっても扱えない、というのは貴族の資格を有しないのと同義。情けないことであり、恥ずべきことであり、他者から出す話題としては非常にデリケートな問題である。


 しかし、幸いにというべきか、私の前世は魔法などないことが当たり前の世界だった。魔力がないから恥ずかしい、という感覚が私にはよく分からない。

 ダルドやデルフィナの生み出す光景を見て羨ましいと思ったことはある。屋敷のあちこちが魔道具で出来ていて、扱えないことに不便だと苛ついたことはある。しかし、それはどうにも、劣等感には繋がりそうになかった。


 だって、絵を描くために街に出れば、魔法が使えない人間なんてそこら中に溢れているのだから。魔法が使える人間と同じくらい、魔法が使えない人間がいる。あの屋敷が貴族向けの作りというだけで、別に魔力なしが生きづらい世界というわけではない。


 第二の生に目覚めてから、魔力があって当たり前だとか、魔力がないくせにだとか、そういった中傷を受けてこなかったことも要因のひとつ。また、赤ん坊の時点で、自我がすでに形成されていたこともひとつ。


 こういった恵まれた環境もまた、タルクウィニアに優遇されているとしか思えない。


「ええ。私には魔力がありませんし、故に魔法はこれっぽちも使えません」

「なら、これはどうやって……」


 何度だって言うが、私に魔力が備わっていたら、今ごろ跡継ぎ候補としての教育を詰め込まれていただろう。そもそも、セルモンドに送られることもなかったのだ。

 セルモンドに送られたことを、私は不幸だとは思わない。どちらかといえば、何よりも幸運だったとすら思う。私は勉強も仕事もしたくない。


 だから、魔力なんていらないのだ。


「手で」

「ん?」

「ですから、手で。目の前に、こう、支持体を置いて、塗料と筆で、こう」


 隣のデルフィナがけらけら笑っている。そういえば、デルフィナにもどうやって描いているのかと問われたことがある。その時も私は、手で、と答えた。

 手も指も満足に備わっているのに、わざわざ足や口で描いたりしない。長い鼻で絵を描く象じゃあるまいし。私に必要なのは魔力ではなく画力と観察力だ。


「風魔法じゃないのか?」

「逆にお聞きしたいのですが、風魔法で絵を描く方法があるのでしょうか……私は魔法が使えないもので……」


「んふ、ふ……あっはっはっはっ!いやいや、セルモンド様の気持ちもわかるよ。アタシも最初は思ったもんさ。どうやって描いてるんだコレ、って。しかもセルモンド様が最初に見せられたのはコレだ。わかるわかる。あっはっはっはっ!」


 この世界は芸術と魔法が密接している。いや、芸術どころか、ものづくりの多くに魔法が携わっている。

 視点は正反対だが、私もひどく驚いたのだ。魔法で芸術を生み出すその手法に。私が感動したしように、地球人の多くも魔法芸術を見て驚くだろう。


 そして、この世界の住人達は地球の創作意欲溢れる芸術に度肝を抜かれるはずだ。


「いや、でも、これは本当に美しいな。魔法じゃないというのは俄かに信じがたいが……ソルマト殿が自信を持つのも頷ける話だ。うむ、当初の注文からは大きく外れるが、これは確かに満足だ。これで納品……いや、いいや、ダメだ、足りない。追加を支払おう」


 少し待っていてくれ。そう言って、アーレストは止める暇もなく応接室からそそくさと出て行った。

 ちらりとデルフィナを見ると、満足げに笑っていた。百点満点のドヤ顔である。ほっぺたに「ドヤ」と書いてある。


「ジークレット様、怖かったかい?悪かったね」

「デルフィナ様が手を握ってくださらなかったら、泣いていました」

「かぁわいいねぇ、このこの!そんな可愛いことを言う子はこうしてやる!」


 ぎゅうぎゅうと抱きしめられて、きゃー!なんて言ってはしゃぐ。さっきまで感じていたストレスは、見事に溶けていった。良い女のハグはストレスの特効薬。奨学金や借金の返済と働きたくない欲求の狭間で、自律神経をズタボロにした過去の私に教えてあげたい。


 デルフィナの包み込むようなハグを堪能していたら、この部屋に残っていた使用人の女性が目に入った。アーレストと同じ、くすんだ金髪。アーレストと似た、切れ長の目。セルモンド家の血縁かもしれない。色彩と造形が似ていた。

 能面のような無表情であるが、食い入るようにパン皿を見つめている。


 どうよ、なかなか良かろう?

 口に出さないまま、デルフィナに倣ってドヤ顔をかましてやった。

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