第36話 二度目の賭け
アヤナを自殺に追い込んだばかりか、「社会のゴミ掃除」呼ばわりだなんて。
いつきは感情を抑えきれず、拳で机を叩いた。手に鈍い痛みが広がる。
「そういう、あなたは、何なんですか! 他の人をゴミと言える権利があるのですか!」
「がっかりだな、君も権利を振りかざすタイプの人か。表現規制ハンターイ」
煽るように、パイドパイパーがとぼけた声を出す。
「ねえ、神主さん。君は何のために僕と話をしようと思ったのかな? 大体予想はついているけど、それは無駄だよ」
こちらの真意に気づかれたのかと思って、いつきは身構えた。
「あ、それともあれか! 僕のこと好きになってくれたから声を聞きたかったんだ。正直に言えばいいのに、照れ屋さんだなぁ」
「誰があなたのことなんか!」
「そんなこと言って、僕の気の塊が大きくなってるよ。僕のことをしょっちゅう思い出している証拠じゃない」
薄々気づきながらもずっと自分で否定していたことを言い当てられ、逆上しそうになる。思い出すたびに心が怒りで支配され、黒い靄に包まれる。消しても消しても、無理矢理キスされたときの感触や恐怖や無力感がよみがえる。
「じゃあ、もう一つの方も気づいていますよね。私が連れているアヤナちゃんに」
「ああ、やっぱり神在祭の日じゃないとダメだったのかぁ。
クツクツと笑うパイドパイパーの声に反応して、左肩が痛む。
「だからそれはあなたのせい……」
突然、いつきの言葉をさえぎるようにパイドパイパーが言う。
「閑話休題。いろいろ調べ回っているようだから隠さないけど、明日、残りのゴミも掃除するよ」
待って、といつきは叫んだ。
「これ以上はやめて! 若い子たちに自死を勧めたって、何が得られるというの。束の間の優越感だけでしょう?」
「そんなこと言うならさぁ、もうちょっと既存宗教の人たちも頑張っといてよね。若い子たちが生きたいと思えるような社会にしろとは言わない。でも、社会不適合者のセーフティーネットは必要じゃん? メンタル担当は宗教なのに、みんな宗教イコール胡散臭いって思い込んでて、宗教信じるのは非科学的で頭悪いみたいな解釈で、そのくせオカルトには易々とハマる。宗教者の怠慢以外の何物でもないよ」
一理あるだけに言い返せない。
「君たちがしっかりしていたら、誰も僕なんかに引っかからなかったのにねぇ。だからこれは、君たちのせい。アヤナが死んだのは、君のせい」
悔しさで、思わずうめき声が漏れてしまう。
「ふふ、悔しそうだね。じゃあさ、リベンジする?」
間を置いてから、パイドパイパーが続ける。
「もう一度ゲームをしよう。残り六人の自殺を阻止してみせてよ。あいつらすんなり死にそうだから、おもしろくないんだ。もっと盛り上げてよ」
心底わくわくしているかのような声に、目眩がひどくなる。
「バラバラだとフェアじゃないから、六人は一カ所に集めてあげる。期限は明日の日没まで。阻止できれば君の勝ち。一人でも死んだら僕の勝ち」
「人の命をゲームにするなんて、あなた狂ってる」
「褒めてくれてありがとう。僕を楽しませてよ。今度はじかに会いに来て。またキスしてあげるから。それじゃあ」
通信が切れる。チャット画面に「待ってるよ」と表示される。
「何なのよ、あいつ!」
両手で何度も机を叩く。
扉の向こうで「お姉ちゃん、大丈夫?」と鈴の声がする。
「入るよ」
返事をする前に、お盆に乗せた粥を持った鈴が入ってきた。
その後ろには、由良もいる。こんな早朝に、車を飛ばして来てくれたのだ。
「話したのか、パイドパイパーと」
由良の問いに、こくりとうなずく。
「一度会った人間なら、回線を通じてつながることができるから、あいつの闇を少しでもほぐして、悪い気を取り除こうと思った。そしたら状況がよくなるかもって。……でも」
いつきは、会話中にこっそり探ったパイドパイパーの気を思い出して、身震いした。
「あいつ、空っぽだったの」
あるはずの、人としての芯のようなものが、彼にはなかった。
「黒い靄をかき分けたら、何にもなかったの。ぽっかりと空洞で、進んでも進んでもどこへもたどりつかなくて……」
涙があふれて言葉を続けられないいつきに、由良が言う。
「ごく稀にだけど、いるんだよ、そういう奴が。犯罪や非道徳的なことを『悪い』と思っていないから、心に陰りがない。罪悪感がないから、自滅することもない。あっけらかんと、無邪気に罪を犯す」
あの男を止めることができない。他人の痛みを感じる能力が欠落しているのに、他人を傷つけるなと言っても無駄でしかない。
「由良、どうすればいい?」
「良心がないなら、罰で怖がらせて罪を犯させないか、隔離するか。……警察は、すでに森が動いてくれているが」
いつきも調べてみた。自殺教唆なら六ヶ月以上七年以下の懲役または禁錮。自由意志を奪って自殺に追い込んだことが立証されれば、殺人罪が適用される。
アヤナのケースでそこまで持って行きたいが、自殺したときにパイドパイパーがそばにいないこともあって、どう判断されるかわからない。
「こっちはこっちで手を打たないとな。あと、いつき」
由良が左肩に手を置く。
「引き受けたのか、あの子を」
アヤナのことだ。
「うん。少しずつ浄化していく」
「負担が大きすぎる気もするが……それより、そっちの方が問題だぞ」
「それは言わないで」
パイドパイパーの気の塊が復活しているのを見られたことが、恥ずかしくて情けない。考えないようにしようとするたび、逆に思い出してしまう。
不思議そうな顔をしている鈴に、「卵粥ちょうだい、おなかすいた」と声をかけ、いつきはもくもくと粥を食べた。対決は明日だ。体力をつけなくては。
食べ終わると、由良が祓をしてくれた。いつき自身が心身共に弱っており、自分でマイナス思考を払拭できず、悪い気を呼び寄せてしまう状態なので、ありがたい。
下腹のあたりに重しのようにあったパイドパイパーの気も、いったん消えた。
左肩に憑いたアヤナの霊体には、神社の気を模した光を当ててくれる。
生前親しかった人の祈りや、神職等の供養が、故人を天へ上がりやすくしてくれる。由良の力なら百人力だ。
しかしアヤナは、いつきから離れない。まだ浮力が足りないのか、明日の顛末を見届けたいのか。
明日は一日空けているから、と言って由良が帰っていく。
いつきの後ろで、鈴が無言で立っている。一連の会話は奇妙で、おかしな人のように思われただろう。
「えっと、これは……」
「知ってたよ。お姉ちゃんの力のことは」
鈴が何でもないことのように言う。
「隠したいみたいだったから、気づいてないふりしてたけど。あたしには具体的にどういうふうに世界が見えて、どんな苦労してるかはわからないけどさ、少なくとも変人扱いはしないよ。……もうちょっと、信頼して欲しかったな」
そんな風に思ってくれていたとは。妹を抱きしめたくなる。
「ごめん。ありがと」
隠せてると思い込んでるのがおかしいんだよね、と鈴があきれたように言う。
「じゃあ私も。鈴ちゃんのTwitterアカウント、土器土器☆ハンターだって気づいちゃった」
鈴が笑い出す。
「今頃気づいたんだ、遅いよ」
いつきは、ようやく少しだけ笑うことができた。
自分には、信頼できる家族と仲間がいる。だから大丈夫、と自らに言い聞かせる。
夜十時になってようやく、康博から連絡が来た。
西園康博
『先ほどパイドパイパーから指令が来ました。「明日十一月七日、JR舞子駅の改札を出たところに、午前十一時集合。遺書を持参すること。お互いに話はせず、次の指令を待つように』
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