第32話 告別


 アヤナの告別式は寂しいものだった。


 親族のみで粛々と行われ、弔問も、弔電の読み上げもなかった。田舎では供花や樒、弔電の数が多いほどよいとされるので競うように届けられるものだが、辞退しているのか親族一同の供花が一対あるだけだった。


 アヤナの柩が中央に出され、蓋が開けられる。

 式場のスタッフが、供えられていた白菊や色花を切ったものを篭に入れ、両親だけに渡す。葬祭では、参列者に花を配り、遺体の周りに納めてもらうことが多いのだが、アヤナの遺体を見られたくないのかもしれない。


 父親と母親が娘の遺体を花で飾る。最後に切り花を胸の上に置くと、母親が柩にすがって泣き崩れた。父親がなだめながら離れさせ、柩に蓋がされる。釘を刺す金槌の音が、冷たく響く。


 顔の部分に開けられた窓越しに、親族が最後のお別れをする。

 窓も閉められ、白い布が柩にかけられる。用意された専用台車に、男性親族たちが柩を持ち上げて移動する。火葬場へ移動するのだ。


 親族の乗ったマイクロバスが、霊柩車のあとを走る。アヤナの遺影を抱えた母親が泣き続けているのを、いつきの左肩からアヤナが見ているのがわかる。


 どうしてこんなことになってしまったのだろう。

 考えても仕方がないことばかりがいつきの頭をよぎる。けれども、葬祭をすべて執り行うまでは毅然としていなくてはならない。まだ火葬祭と埋葬祭、帰家祭きかさいが残っている。

 いつきは、泣き出しそうになる自分を諫めながら、左肩をなでさすった。


 火葬場に着く。いくつかある焼き場の一つの前に、アヤナの柩が置かれた。

 玉串を用意し、火葬祭が行われる。斎主が火葬祭詞を唱えたのち、玉串を柩の上に奉奠する。


 釜の扉が開けられる。中は狭くて薄暗かった。柩がゆっくりと呑み込まれる。

 アヤナの母親が泣きながら柩にすがる。


「ごめんね。気づいてあげられなくて、ごめんね」


 左肩のアヤナが、何か言いたそうにしているが、声が出ないようだった。


 鉄の扉が閉められ、重い音が響いた。

 点火スイッチが押され、釜の奥で機械の作動音がした。その音をかき消すほど、アヤナの母親の泣き声が響き渡っていた。


 三時間後、アヤナは真っ白な骨になった。


 喉仏は小さな入れ物に、他の骨は骨壺に、長い箸でつまんで入れられた。腕や脚の長い骨は、入りやすいように砕かれる。

 骨が折れるとき、乾いた音が鳴った。最後に頭蓋骨を入れて蓋をされる。残りの骨や灰は別途供養されるという。


 アヤナの母は、放心状態になっていた。左肩のアヤナもなりを潜め、出てこようとはしなかった。



 通夜の席にのうのうと姿を現したパイドパイパーを、いつきは許すことができなかった。

 約束した二週間の期限よりも早く、アヤナは命を絶ってしまった。


 現状を把握しようとTwitterを開き、パイドパイパー関連のリストを表示させる。


パイドパイパー @Pied_Piper

『我らが英霊アヤナは、先ほど火葬され、清らかな骨となって汚らわしい現世の肉から解き放たれた。今頃、幽世かくりよで安息を得ているだろう』


 つい二十分ほど前のツイートには、アヤナの通夜の祭壇を隠し撮りした写真が添付されていた。白菊の中央には、はにかんだ笑顔のアヤナの遺影がある。


「どこまで死者を冒涜すれば気が済むのよ!」


 携帯電話をベッドに放り投げる。


 しばらくすると、LINEの通知音がした。

 五十四期生グループの投稿で、発信者は西園康博だ。双方に許可を得て、康博と鈴にもグループに入ってもらったのだ。


西園康博

『パイドパイパーから指令が来ました。内容を転載します。

「遺書を書くように。きれいな便せんを選び、必ず手書きで丁寧に。字を間違えた場合は最初から書き直す。書けたら写真に撮って送ること。決行日は神在祭のある十一月七日(木)。アヤナの後に続け」』


 とうとうパイドパイパーが動き出した。


 残り六人の参加者は、康博以外洗脳されている状態だ。間違いなく全員参加してしまうだろう。


 今度こそ、阻止する。誰も死なせない。


真榊いつき

『康博くん、ありがとう。具体的な決行の方法が指示されたら教えて。それまでは、パイドパイパーに従っているふりを頼みます。 今度こそ絶対阻止する。みんな、協力お願いします』


 LINEに書き込みをすると、いつきは目を閉じた。少し目眩がする。

 額に手を当てると、予想以上に熱い。感情が高ぶって体調を崩しているのだろう。


 よく古文書に出てくる憤死というのはこんな風に、怒りの気が体を壊し、呼吸すらままならなくなるのか、と実感した。


 急激に吐き気がこみ上げてくる。吐くならトイレにいかなければ。

 立ち上がった瞬間、目の前の世界がよじれる。いつきはそのまま床に倒れ込み、意識を失った。

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