第3話 千引石を越えたい人は
「『死ぬ勇気があれば』……つまり、自殺教唆?」
ネズミたちを死に追いやる音色を奏でた笛吹男が、子供たちを引き連れていく。
その禍々しいイメージが、パイドパイパーのプロフィールページから染み出してくるようだ。
過去に、自殺仲間を募集する掲示板などが流行し、練炭心中や、自殺願望者がシリアルキラーの手にかかる事件が起こった。
最近でも、SNS上で自殺したいとつぶやく人たちがトラブルに巻き込まれる事件が多発し、注意喚起がなされている。
大っぴらに自殺教唆や幇助をすると、通報されてアカウント凍結になるはずだ。
「アヤナ@この世なんて大嫌いちゃん、大丈夫かな」
「いちいちフルネームで呼ばなくていいって。……確かに心配だよね」
「本気でチャレンジしますってツイート、もしかして」
パイドパイパーが、その名の通り、少年少女たちを死へと導く案内人だとしたら。
その予感は、おそらく当たっているだろう。しかし、パイドパイパーのツイートは、ぎりぎりのところで当たり障りのないものになっている。
『「死にたい」って言ってる人って、本当は「死にたいほどつらい」って訴えてるんだよね。「つらい」の部分をわかってもらえるだけで、気持ちが落ち着くことも多いよ。だから、遠慮なくDMして!』
『平安貴族の「出家したい」って、ここではないどこかへ一足飛びに行ってしまいたいって意味であって、本当に仏道に励みたいわけじゃない。「死にたい」って言ってる人も同じ。つらい現状から逃げたいってこと。それがわかるだけでも楽になれるよ』
死にたいとつぶやく人を思いとどまらせようとしている、ともとれる。
しかし、プロフィール欄の「
「私、パイドパイパーに連絡取ってみる!」
いつきがマウスを取ってDMボタンを押そうとすると、鈴にマウスを奪い取られた。
「だめだって! ミイラ取りがミイラになるって諺、知らないの?」
「大丈夫よ。どんなことをしているのか探ったら、すぐに離脱するから」
「お姉ちゃん、あのさ、穂積教本院のアカウントからDM送ろうとするような迂闊な人が、何言ってるのよ。こんな神社情報垂れ流してるアカウント、すぐ身バレして、突撃されたり、カツ丼百人前発注されたり、ネット上に個人情報ばらまかれて社会的に再起不能にされたりするのよ」
嫌がらせにカツ丼百人前なんていつの時代だと思うけれど、鈴の言うことはもっともだ。
「まずIPアドレスってのがあってね」
そう説教を始める鈴は、実は一万人以上からフォローされているアルファツイッタラーらしい。
大学での恋愛模様や人物観察を、ユーモアを交えたマンガでアップしていたところ、人気が出たそうだ。いわゆるクソリプも多いので、ネット上のやりとりには敏感なのだろう。
恥ずかしいからと、いつきにはアカウントを教えてくれないのだが。
「じゃあ、捨て垢? とかいうの作るから、それで」
「だからIPアドレス一緒なら、別アカウント作ってもバレるって言ってるでしょうが」
「とにかく、アヤナちゃんが心配なのよ。一度でも顔を合わせて言葉を交わした子が、変なことに巻き込まれたら、なんか嫌じゃない」
「じゃあ、パイドパイパーじゃなくて、アヤナちゃんの方に連絡取ってみたら?」
鈴の言うことは正論だ。けれども、いつきは怖いのだ。
自分の対応の仕方がまずくて、心を閉ざされてしまったら。その結果、彼女が悪い奴に引っかかって、とんでもないことになってしまったら。
神職になったものの、神様にお仕えすることにも、信者さんの悩みを聞き導くことにも、まったく自信はない。余計に悪くなってしまうよりは現状維持の方がまし、とつい思ってしまうのだ。
けれども、そんな情けないことは言えない。
「……そうだね。ちょっと考えてみる」
軽々しくメッセージは送れないから、下書きをして、よく考えてから。
それはそれとして、いつきはやはり、パイドパイパーが気になる。彼が企画している#092とは何なのだろう。それだけでも知ることはできないだろうか。
結局その日は、
翌日、いつきは自転車に乗って月参りへと出かけた。
亡くなった方の
午前中をかけて七件の月参りをする。本日最後の西園家は、専業主婦である五十代半ばの女性がいつも出迎えてくれる。鈴と同い年の男の子がいるのだが、大学に行っているのか、見かけたことはない。
「ごめんください。穂積教本院でございます」
玄関の引き戸を開け、声をかける。
このあたりはどの家も玄関に施錠をしないし、宅配業者くらいしかチャイムを鳴らさない。在宅中に鍵をかけると、ご近所との付き合いを拒んでいると受け取られかねない。まだまだ村の共同体意識が強い地域なのだ。
はあい、少々お待ちください、と二階からおばさんの声と、パタパタという足音が聞こえる。玄関の靴箱の上には、おばさんが作った紙粘土細工の花瓶に、リンドウがいけてある。
そのかたわらに、細い縄が置いてあった。
房のような結び目がついているので、何かの飾りだろうか。それにしては、装飾性がない。
不思議に思ったいつきは、目をすがめて縄を見た。
見えざるものを見てしまうことに疲弊した思春期の頃、普段はフィルターをかけて見えなくする術をいつきは編み出した。
必要のあるときは視界を若干ぼやけさせると、フィルターが外れて、再び見ることができるのだ。
縄は、どす黒い靄をまとっていた。生きた人間の負の感情を凝り固めたものだろう。
今度は聴覚を澄ませてみると、若い男性の声が聞こえた。
――助けて。
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