第5話 引きこもり画伯の悩み

「画伯かぁ。高校卒業してからは、全然会ってないな。引きこもりになってたのか」


 いつきが西園家での顛末を話すと、大学から帰ってきた鈴はジャケットを脱ぎながらそう言った。


「画伯?」


「うん。西園くんのあだ名。絵がうまかったからね。学祭のときにクラスのTシャツのデザインもしてくれたよ」


 鈴の学祭Tシャツは、その後しばらく彼女のパジャマになっていたから覚えている。虹色のアンモナイトの殻が螺旋階段になっていて、サルからヒトへ進化する過程のシルエットがのぼっていくイラストだった。

 高校生とは思えない出来映えだったから、画伯というあだ名もうなずける。


「あ、でも、オンラインゲームで見かけたことはあるよ。昔、同じゲームやってたからハンドルネーム知ってたんだけど、別のゲームでも見かけたんで、話しかけてパーティ組んで、魔物倒した」


「仲いいんだ」


「小さい頃はともかく今は、悪くはないって程度だよ。画伯、半分ネトゲ廃人みたいになってたから、いつログインしてもいたな。どうりで大学にも行ってないはずだ」


 鈴と同じ高校を出ているのなら、国公立大学、私立なら早慶や関関同立レベルのはずなのに。


「最後に見たのって、いつ?」

「夏くらいかな」


「何か悩んでた風だった?」

「特に、そういう話は。ネトゲ上でプライベートな話なんてしないし」


 それもそうだ。いつきは溜め息をついた。

 たとえ康博の引きこもりの原因がわかったとして、どうするのだ。氏子うじこさんの悩み相談も神職の務めとはいえ、向こうが打ち明けてもいないのに相談の押し売りをするわけにもいかない。


(気にかけつつも何もしないのが、いちばんかもね)


 本当は、他人の人生に踏み込むのが怖い。家族や友人でもないのに、重いものを背負い込む自信がない。


 それでも、やはり気になる。彼は確かに、「助けて」と言ったのだ。

 玄関に置いてあった縄も、SOSを誰かに気づいて欲しかったのだ。放っておいていいのだろうか。


「でもさ、この先どうするんだろうね。就活も始まるのに。大学除籍になっちゃうと、学歴は高卒で職歴もないわけでしょ。歳取るごとに就職先もなくなるよ。おじさんもおばさんも、いつまでも生きてるわけじゃないし、生計立てる術を身につけないと」


 鈴の言うことはもっともた。が、外野がいくら正論を言ってもどうしようもない。


「まあまあ。メンタル強くてたまたま挫折を知らない人にはわからない理由があったのかもしれないし。それに」


 それに? と鈴がオウム返しに言う。

 いつきは、あのときの康博の表情を思い出しながら言った。


「康博くんに、『助けてって聞こえた気がした』って言ったら、『僕じゃない』って。『そんなこと言ってない』でなく、『僕じゃない』って」


 あれは、怒っているというより、困惑した表情だった。


「じゃあ、画伯は、本当に助けを求めていたのかも。……でも、何から助けて欲しいんだろう?」


 ニート状態から脱したい、というよりは、もっと危機が差し迫ったような雰囲気だった。


「それを知る方法はないかな。かなり本気の叫びだった」


 鈴が空いている事務椅子に座り、ノートパソコンを正面に引き寄せる。


「お姉ちゃん、画伯の部屋で見たもの、教えて。アニメのポスターとかフィギュアとか、なんでも」


 壁にポスターが貼られていたが、隙間からほんの一瞬だったし、いつき自身はあまりアニメを観ないから、固有名詞で答えられない。


「えーと、武器をいっぱい持った色黒の女の子、かな」

「武器がいっぱい……腕がいっぱいあるってこと?」


 鈴が検索画面に何かを打ち込み、画面をこちらに向ける。

「これ?」


 そこには、赤い衣をまとって冠や首飾りをつけ、十本の腕にそれぞれ武器を持った女の子のイラストがあった。色黒で、彫りの深い顔立ちの額には第三の目がある。

 恐らく、インド神話の女神を題材にしているのだろう。


「そう、これ!」


 少ない情報で、鈴はよくわかったものだ。彼女もアニメやゲームが好きだから、このくらいはお手のものなのだろうか。


「『ミュートロギア・女神編』っていうゲームのキャラで、ドゥルガー神をモデルにしてるの。そっかー、画伯、ドゥルガーが好みかぁ」


 鈴が軽やかな指さばきで検索を続ける。

「ほい、まずはpixivのアカウント特定!」


 表示されたページには、たくさんの美しいイラストが並んでいた。


「あんだけ描けるんだから、絶対アカウント持ってると思ったのよね」


 ドゥルガーの二次創作もあるが、オリジナル作品の方が多くアップされている。

 巨大な「言葉」のオブジェで男の子が殴られていたり、目隠しをされた少女が手を打つ鬼たちに囲まれていたりと、どこか風刺画のような、美しくも切ないイラストだ。


「あー、やっぱりTwitter連動はしてないか。じゃあ」


 また鈴が検索をし始める。しばらくして、「よっしゃ!」と声があがった。

 パソコンの画面には、Twitterのトップページがあった。


『小の月の画伯 @samurai_artist11 

 フォロー62 フォロワー29

 自宅警備員、ゲーマー、絵描き。

 成人済み。

 ゆるいことしかつぶやきません』


 トップページの画像が例の学祭Tシャツの柄を改変したものだから、西園康博だろう。

 愚痴は少なく、アニメの感想や、ゲームのここがクリアできない、「親戚のご相伴で千歳飴なめてる」など、日々のよしなしごとを書いている印象だ。イラストは、こちらでは公開していない。


「よく特定できたね」


「ギリギリ、かな。ほら、一昨日地震があったでしょ。あと先月の秋祭とか、ローカルな話題をつぶやいてると、特定しやすいんだ。まあ、決め手は『画伯』ってユーザー名だけど」


 イラストを描く者として、やはり「画伯」というあだ名が嬉しく、思い入れもあったのだろう。プロフィール欄の「自宅警備員」という言葉から、自虐も感じるが。


 画面をスクロールしていた鈴が、ホイールを止める。


「やば……」


 凍り付いた鈴の表情から、パソコン画面に視線を移す。


小の月の画伯 @samurai_artist11

『ホラー映画は苦手やねん……。たとえドゥルガー様の戦闘シーンでも、スプラッタは勘弁。#092』


「ちょ、このハッシュタグって」


「うん。……まさか画伯まで、パイドパイパーの謎企画に乗ってるなんて」

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