第6話 もう一人の#092参加者
西園康博が#092をつけてつぶやいたのは五日前。これ以後ハッシュタグつきツイートはない。
小の月の画伯 @samurai_artist11
『いつまでもくすぶっているわけにもいかないので、頑張ってみる。#092』
小の月の画伯 @samurai_artist11
『朝四時半の暗い空を眺めながら、屋根瓦に座ってる。#092』
七日前と六日前のつぶやきだ。どうやら#092を始めたのは一週間前らしい。
彼は今でもこのチャレンジを続けているのだろうか。
それにしては、四日前からハッシュタグつきの投稿がない。
二日前の「地震だ! 揺れたぞ」のツイートを最後に、何もつぶやいていない。毎日十回以上ツイートしていたのに。
「もしかして」
「もしかしなくても」
「康博くん、#092関連でトラブルに巻き込まれて」
「それで『助けて』って」
いつきと鈴は、顔を見合わせた。しばらく、無言のままうつむく。
お互いに、どうすべきかを考えているのだ。腕に#092と彫っていた画像からすると、同様の課題を与えられたのだろう。もしかしたら、もっとハードな課題を。
#092のハッシュタグをつけてツイートしていた子たちも、ある時期から投稿がまばらになっている。違反通報されるような課題を課されているからではないのだろうか。
「電話……ちょっと電話してみる」
接し方を間違えたらとか、傷つけるのが怖いとか言っていられない。何とかしなければ。いつきは立ち上がって住所録を繰った。
「お姉ちゃん、無駄だよ。画伯、絶対出ないから」
「でも」
社務所の受話器を取り、西園家の番号をダイヤルする。夕食の片付けが終わったくらいの時間だから、おばさんは出てくれるだろう。
「はい、西園です」
ワントーン高いおばさんの声がする。
「夜分恐れ入ります。穂積教本院でございます」
「あら、いつきちゃん」
「あの、本日は大変失礼をいたしまして。康博さんにも謝りたいので、少し代わっていただけませんでしょうか」
しかし、おばさんは渋るばかりで代わってくれようとはしなかった。
押し問答の末、本人に訊きに行ってくれはしたが、三分以上待たされたあげく、「別に気にしてないからいいって」と伝えられただけだった。
「では、気が向いたら神社の方にお越しください、とお伝えください」
それだけ言って、いつきは受話器を置いた。
「ほーら、無駄だったでしょ」
後ろから鈴のおざなりな声がする。
「北風と太陽みたいなもんなんだから、こっちの都合で正面から向かっていっても、心を閉ざされるだけだよ」
そうは言っても、このまま放っておくことはできない。いつきは鈴の隣の事務椅子に座り直した。
「じゃあ、どうすればいいのよ」
焦りと多少のやつあたりを込めて訊く。
「そんじゃまあ、天岩戸作戦といきますか」
鈴が立ち上がり、脇に置いていたジーンズのジャケットとカバンを持つ。
「明日は土曜日だし、ちょっと夜更かしするね。朝寝坊してても見逃してよ」
そのまま社務所を出て行こうとする妹を、呼び止める。
「ちょっと待って。康博くんのことは」
鈴が振り返って、にやりと笑った。
「だから、楽しそうにしてるところを見せつけて、岩戸に閉じこもってる画伯をおびき寄せるの」
「何? 鈴ちゃんストリップでもするの?」
アメノウズメは、岩戸に閉じこもったアマテラスを引き出すために、胸乳をはだけて踊ったという。
「やだ~、お姉ちゃんたら真面目なふりして発想が不純! ゲームだよ、ゲーム。リアルがだめなら二次元からってね~」
そう言うと、鈴は社務所を出て、渡り廊下でつながる自宅へと去っていった。
しんとした社務所で、いつきはマウスを操作していろいろなページを見た。康博の過去のツイート、#092に関する投稿、アヤナのつぶやき。
アヤナ@この世なんて大嫌い @a_ya_na0913
『明日も四時二十分起きだけど、日付が変わる瞬間の空気を肌で感じるために、寝ないでいる。#092』
新しい投稿だ。
四時二十分という時刻は、他の人も言及していた。この時間に起きるのが、「課題」の一つなのだろうか。
しかし、日付が変わるまで起きているのもまた「課題」だとしたら、睡眠時間は四時間と少ししかない。これでは寝不足で体調を崩したり、頭の回転が鈍くなったりするだろう。
昨日は送らずじまいだったが、ぐずぐずしていられない。
いつきはアヤナへ、ダイレクトメッセージをしたためた。
『アヤナさんへ。突然のDM失礼します。先日お会いした、穂積教本院の神主です。私はあなたが言っていた「パイドパイパー」ではありません。
パイドパイパーは、よくないことに荷担しているようです。もしかして、つらい課題をこなしているのではないでしょうか。心配しています。
できれば、もう一度お会いできませんか? また神社に来ていただければ幸いです。もちろん、DMでも。いつでも、遠慮なくどうぞ。待ってます。
真榊いつき』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます