第16話 七人の参加者

 携帯のロックを解除して、康博がいつきにTwitter画面を見せる。


小の月の画伯 @samurai_artist11 

『アンフライ! 僕も小さい頃から大好きです。ときどき無性に食べたくなりますよねー。アンフライにつられて、ついレスつけちゃいました(笑)』


アヤナ@この世なんて大嫌い @a_ya_na0913

『アンフライおいしいですよね。散歩コースにパン工場があるんですけど、毎朝すごくいいにおいだから、お腹がすいちゃうんですよ。パンって罪な食べ物!』


「散歩コースにパン工場がある、か。……いいじゃんいいじゃん、だいぶ特定できてきた」


「で、これがS市の地図」

 鈴がたたんで持っていた市内地図を、机に広げる。


「パン工場がここだから、たぶんこの川沿いの遊歩道じゃないかなと思うんだけど」

「工場から少し駅寄りに新興住宅地があるから、家はそのあたりかと」


 いつきの左右から挟み込むように、鈴と康博が地図を指さして言う。


「そうだね、明日の朝、張り込んでみようか」

 いつきが言うと、二人とも待っていたかのようにうなずいた。


「あたし、授業午後からだから、今から下見に行ってくるよ」

「僕も家に帰る前に、ちょっと見てきます」


「画伯、あれはどうするの? パイドパイパーの新しい課題」


 ぎょっとして、いつきは鈴と康博の顔を交互に見た。


「パイドパイパー、今度はなんて言ってきたの?」


 いつきが訊ねると、康博は昨日までの陰鬱な顔と違い、こともなげに答えた。


「五階以上の高い建物の上から、下をのぞき込む写真を撮れ、って指示が来ました。必ず自分の足が写るようにと」


 飛び降りの予行演習だろうか。

 足が写るようにということは、縁に立つか、体が柵を乗り越えるようにするか、いずれにしても多少危険な体勢を取らざるを得ない。


「あたしが命綱持っててあげようか」

 鈴が茶化すように言う。


「真榊に生殺与奪の権を握られるのは、ちょっとね」

「またまた。ホントは持ってて欲しいくせに」


 康博の口調には、もう思い詰めたところはなく、冗談めいた返しすらできる。

 しかし、あのまま一週間以上睡眠不足に加えて陰鬱な音楽を聴いたりホラー映画を観たりし続けていたとすれば、指示に従うことで変な気も起こすかもしれない。


「ちょっとずつハードルをあげて、死に近い場所に慣れさせていく作戦か」


 いつきがつぶやくと、鈴が紙を広げて机に置いた。

「そのハードルを書き出してみたよ。画伯がパイドパイパーから受けた指令を、時系列に沿って表にしたんだけど」


 10/16 #092に参加。4:20起床

     就寝は深夜0時過ぎ。


 10/17  毎日陰鬱な音楽を聴く。

     食事は野菜のみ。

     肉や炭水化物には悪い気が

     入っているから体を浄化

     するため。


 10/18  毎日ホラー映画を観る。

     リスト有


 10/22  カッターで腕に#092と

     刻んで写真を送る。


 10/27  早朝、線路に耳をつけて、

     始発電車が来る音を聞く。


 10/29  早朝、線路を枕に寝転ぶ。

     体は線路内に入れる。


 10/31  五階以上の建物の上から

     下をのぞき込む写真を撮る。


「これって、いつまで続くんだろう」


 空欄のままになっている未来の日付の部分を見ながら、いつきはつぶやいた。


「たぶん、何日間というより何月何日まで、ってパターンだと思う。スタート時期がずれていても、大体みんな同時期に同じ課題をしてるみたいだし」


「早めスタートの人を待たせて、時期を揃えているっぽいです」

「一人で複数の相手をするのも、大変だもんね」


「ちなみにハッシュタグをつけてつぶやいた人の数は、僕も含めて七人です。鍵アカの場合は、パイドパイパーがレスをつけた相手しか把握していませんが」


 鈴と康博が、もはや長年のコンビのような間合いで話す。


「七人。……パイドパイパーが一人で対応しようと思えばできるのかな、ぎりぎり。今のところ、まだ誰も自殺していないみたいなのが救いだね」


 おそらく、パイドパイパーはアヤナを最初の一人にしようとしている。


 参加している七人の大半は、康博と同じく、本気で死にたいというより生まれ変わりたかったのだろうと思う。何とか阻止したい。


「……明日が勝負か」


 顔見知りである康博だから、パイドパイパーから引き離すこともできたが、じかに会わないと対策のしようがない。どうしてもアヤナに会わなければ。


「あたしも協力するよ」

「僕も」


 三人寄れば文殊の知恵。何とかなるかもしれない。

 早朝四時に穂積教本院前で待ち合わせることに決めたところで、神社のインターホンが鳴った。


「はーい。……ごめん、仕事に戻るわ」


 立ち上がって窓口に向かういつきの後ろで、鈴と康博が仲良く話し続けている。

「じゃあ、明日の下見と、画伯の飛び降り予行写真を撮りにいきますか」

「飛び降りないって。しかし五階以上の建物がないな」

「うちの大学の授業、聴講しに来る?」


 康博のように、アヤナもパイドパイパーから引き離すことができれば。

 いつきは障子戸を開けて外に出ると、昇殿参拝希望者の応対をした。

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