第39話 海上47メートル

 非常扉を囲むように、#092参加者の六人が集まる。

 また指令が入ったらしく、全員が携帯を確認しだした。


『画伯くんに、幽世かくりよへの扉を開ける栄誉をあげよう。迅速に行動すること』


 康博が、残り五人の顔色を確認する。五人が無言でうなずく。


 まわりを気にしながら、康博が扉の前に立つ。


 透明なプラスチックカバーに手をかけ、上へ引き抜こうとしている。が、なかなか抜けない。本当に抜けないのか、演技なのか。


 康博の背後で、残りの五人が顔を見合わせ目配せする。

 そして、突然康博に襲いかかった。めいめいが彼の腕や肩をがっちりとつかみ、動けないよう拘束する。


「え? なに!?」

 康博が声をあげて抵抗する。


「声を出さない」という指令を与えられていたのにあっさり破ったのは、康博がスパイだという証明になってしまった。


 体の自由を奪われた康博が、扉の前から引きずるようにして離される。


 ゴスロリ女子が前に出て、康博をにらむ。

 そしてあっさりとカバーをはずして開錠し、非常扉を開けた。


 ゴスロリ女子はためらうことなく外に出て、非常階段を厚底ブーツでカンカンと音を鳴らしながら下りていく。

 残りの四人も、康博を拘束したまま引きずるように非常扉をくぐり、無理矢理外へ連れて行った。


「まずい、康博くんがパイドパイパーに逆らっていたことがバレてる!」


 おそらく、直前の指示で、康博以外に「彼は裏切り者だ」と教えたのだろう。


「そこの人たち、一一〇番して!」


 鈴が、まだ動画を撮っている男性二人組に叫んで、非常扉に向かって走る。


 まず、扉にいちばん近かったいつきと由良が、次いで鈴、中嶋、安達、よし子が、非常扉をくぐって階段を下りる。


 康博を連れた五人が、作業用通路を進み、鉄筋に邪魔されず海へと跳べる場所を目指す。少し開けた場所に来ると、彼らは立ち止まっていつきたちの方を振り向いた。


 六人と六人が、作業用通路で対峙する。


 海上四十七メートル、両端には申し訳程度の柵があるだけ。


 通路は広くて全員横並びになれるだけの幅はあるが、強い潮風に煽られて落ちそうな錯覚に陥る。真上は自動車道で、車が走るたびにガタンガタンという音がかなり大きく響くうえに、揺れる。


 下手に動くと、彼らは康博を道連れにして飛び降りてしまうだろう。


「落ち着いて! ちょっと待って」


 白衣に袴姿のいつきが言うと、五人はとりあえず聞く姿勢を見せた。

 パイドパイパーは神官を名乗っているから、神職の装束には説得力があるのだろう。


 口の中がからからに渇く。左肩が裂けるように痛む。いつきは大きく息を吸い込むと、風や車が通る音に負けないよう、声を張り上げた。


「少しだけ、私の言うことを聞いてください。……私は、穂積教本院という神社の神主です。二週間ほど前に、アヤナちゃんという女子高生と知り合いました」


 アヤナという名前に、五人が反応する。


「彼女は、病気のせいで左耳に難聴が残り、周りとうまくコミュニケーションが取れなくなっていました。そんなとき、Twitterでパイドパイパーからやさしい声をかけられ、すっかり心を許すようになりました」


 自動車道の揺れが、非常用通路にも伝わり、全員の足下を揺らす。いつきの後ろで由良が、小声で大祓詞おおはらえのことばを唱え始める。安達とよし子、中嶋もそれに唱和する。


「どうしても周りになじめない、もう死にたい。そうつぶやいたために、パイドパイパーから#092の企画に参加しないかと誘われました」


 彼らが耳を傾けてくれているのは、ほぼ全員が似たような経緯をたどっているからだろうか。


「最初はやさしかったパイドパイパーも、だんだんと人格を否定する発言が増えました。太っている、醜い、もっと痩せろこの豚。実際のアヤナちゃんは痩せていて、とてもかわいらしい子だったのにです」

 

 何人かが、身に覚えがある、といった表情でこちらを見ている。


「これは、相手を全否定して常識を壊し、抵抗する気力を無くさせ、そこに自分にとって都合のいい価値観を植え付ける、マインドコントロールの一種です。睡眠時間を削るのも、陰鬱な音楽を毎日聴かせるのも、死に近づくような行動をさせるのも、指示通りにしないと延々罵詈雑言を送りつけてくるのも、全部洗脳です」


 五人は何か言い返したそうにしているが、声を出すなという指令を受けているためか、誰も何も言わない。


幽世かくりよはつらいことのない幸せな世界だ、と聞かされてきた人もいると思います。アヤナちゃんもそうでした。そして、ご存知の通り、彼女は校舎の屋上から飛び降りました」


『バイバイ、暗かったあたし』


 写真付きのアヤナの投稿が思い出される。先ほど同じような最期の言葉を投稿したこの六人を、絶対に死なせてはならない。


「私は、彼女が飛び降りた直後、現場に行きました。……そして、幽世かくりよに行くことができず、現世に留まっている彼女の霊魂を見ました」


 五人の表情が険しくなる。


「アヤナちゃんの葬祭を担当しました。遷霊祭の際に、通常の魂は霊璽れいじに遷って幽世かくりよへ赴く準備をするのに、彼女は遷れませんでした」

 いつきは、一人ひとりの顔を順番に見た。


「アヤナちゃんは、今、ここにいます」

 自身の左肩をさす。


「菜食を続けた上に睡眠不足だったから感覚が鋭敏になって、この中にも『見える』人がいるでしょう。……いや、見えるはずです。目の大きな、肩にかかる黒髪の女子高生、アヤナちゃんが」


 康博の左腕を押さえていた眼鏡の女の子が、小さく呻いてしゃがみこむ。

 振り向いてその様子を見たゴスロリ女子が、唇を噛みながら首を横に振る。


「神在祭の時期でなかったから幽世かくりよへ行けなかったのだ、と言いたいのですね? 違います。ここにいる我々五人は、正規の教育課程を終えて階位を持つ神職ですが、そのような理屈は聞いたことがありません」


 いつきは白衣の袖の中から、スマートフォンを取り出した。


「この中にはパイドパイパーと会話をした人もいるかと思います。文字でのチャットだけの人もいるかもしれませんが」


 録音ファイルを呼び出し、再生ボタンを押す。昨日、Skypeでの通話を録音し、音声データを転送しておいたものだ。


『なぜって……なんとなく?』


 パイドパイパーの声が流れる。音声を最大にするが、聞き取りにくいのか、全員が前のめりになる。


『いやまあ、死んだらおもしろいなー、とは思ったけど。あいつらクズじゃん。アヤナも、他の#092参加者も。周りになじめなくて、そのくせプライドだけは高くて、でもコンプレックスの塊で。成人してもニートになるだけだし、今のうちにクズ掃除した方が社会のためじゃん』


 五人の顔がゆがむ。


『コンプレックスを刺激して徹底的に叩きのめすと、おもしろいくらいにこちらの言うことを受け入れるようになるんだよ。女の子は容姿をけなすのが手っ取り早いね。男はダメ人間呼ばわり。反抗したり#092から抜けたりするよりも、僕の言うことを唯々諾々と聞く方が楽なんだろうけど、そういう易きに流れるところがダメでクズで役立たずなんだよね』


 再生をストップし、いつきは視線で五人に問いかけた。

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