第38話 終着地
集団自殺を決行するとしたら、おそらくあの作業用通路から飛び降りるのだろう。
「さっき非常口があっただろう。鍵にカバーがついていた」
由良に言われて遊歩道に戻り、作業用通路に通じる非常口を確認する。
扉には「非常扉です。非常時以外での進入は御遠慮願います」と書かれている。回して開けるタイプの鍵には、プラスチック製のカバーがつけられており、「緊急時にはこのカバーを取って開けてください」とあった。右側の遊歩道の同じ位置にも扉が見える。
白衣の袖に入れていた携帯電話が振動した。
西園康博
『今、展望台入り口でチケットを買っています。これから中に入ります』
「いったん展望ラウンジまで戻ろうか。あの子たちに警戒されたらいけないし」
ずっと動画を撮り続けている男性二人を横目で見ながら、三人は展望広場を後にした。
ラウンジで、ちょうど第一遊歩道から入ってきた中嶋と鉢合わせした。
「中嶋くん、よかった間に合った! そろそろ来るよ」
神主装束のいつきと由良はいろいろと怪しまれそうなので、展望室の隅に隠れた。
第一遊歩道の様子を見に行った鈴が、戻ってくる。
「来た来た! 今、第一遊歩道を歩いてる。微妙な間をあけて六人全員」
しばらくして、自動扉が開いた。
写真で見た六人がゆっくりと入ってくる。
先頭はゴスロリ女子で、最後尾は康博だ。
全員携帯電話を握りしめて、きょろきょろしたり、うつむいたり、画面を見たりしている。
展望ラウンジへ入るのか、その先の第二遊歩道へ行くのか、迷っているようだ。お互いに「どうしよう」とアイコンタクトを取っている。
六人の携帯電話が振動した。みんな一斉に画面を確認する。
ゴスロリ女子が、第二遊歩道へと向い始めた。他の子たちもそれにならう。
康博が転送してくれたパイドパイパーからの指示が、いつきたちのLINEに入る。
『突き当たりの展望広場まで進め。そこで、下の海が写るアングルで、自撮り写真を撮ること』
携帯を操作し終えた康博が、慌ててみんなの後を追う。
「場所はここで確定っぽいね」
「じゃあ臨戦態勢で」
いつきと由良は、黒羽織を脱いで紙袋に入れ、隅に隠した。展望ラウンジにいた男女連れが、好奇の目でこちらを見ている。こんなところに神主装束の女性二人がいるのだから、無理もない。
床が強化ガラスになっているところで記念写真を撮っていたさっきの親子連れが、帰っていく。これで第二遊歩道には、あの六人と、展望広場の男性二人になった。
第一遊歩道側から、よし子と安達が小走りで入ってきた。
「あの子たちは?」
「今、第二遊歩道に入っていった」
「じゃあ、あたしたちカップルのふりして、その展望広場まで行くね。ほら、安達くん」
よし子が安達の腕をつかんで引っ張っていく。中嶋も後に続こうとして振り返る。
「真榊と神杉はぎりぎりまで待機してろ。私と妹さんが先に行く。康博くんもこっち側だから、これで七対五だ」
第二遊歩道へと向かおうとする中嶋を、いつきは呼び止めた。
「中嶋くん、非常扉を開けて下に出ていかれないよう気をつけて! 左と右の二カ所にあるから」
「了解だ」
中嶋と、少し遅れて鈴が向かう。
待っている間、Twitterを確認する。
パイドパイパー @Pied_Piper
『橋って境界の意味もあるから惹かれるんだよね。明石海峡大橋とか、単純に格好いい。だって、世界一のつり橋だよ? おまけに橋の先にあるのは淡路島。国生みの舞台になった始まりの島。久々に明石海峡大橋を見たくてググってたら、ちょうど展望ラウンジで生中継してる人たちがいたw』
ツイートには、動画配信サイトのリンクが貼ってあった。
あの展望広場の男性二人だろう。音が出てしまうので、リンク先は踏まないでおく。
パイドパイパーはいったいどこにいるのだろう。明石海峡大橋付近なのは間違いないのだけれど。いつきが考えていると、LINEの通知が入った。パイドパイパーからの指示の転送だ。
『自撮り写真に、最期の言葉と#092をつけて、Twitterに投稿すること』
展望広場の方を見ると、海が写る位置を譲り合って、六人が写真を撮っている。
男子は一枚だけ撮って後ろに下がるが、女子は何度か撮り直して写真写りを確認している。
ワルキューレ @Valkyrie0719
『THE END #092』
†セラフィム† @se_ra_phi_m
『最後の顔です。じゃあね! #092』
不知火 @Shira-nui
『早く楽になりたい。 #092』
暁のマ太郎 @MaTaRo_of_the_Dawn
『
越後の龍 @Dragon-of-Echigo
『十八年 一睡の夢 #092』
写真付き投稿が、次々流れてくる。
高いアングルから撮った、海を背景にカメラを見上げる顔は、天を見上げているようだった。
小の月の画伯 @samurai_artist11
『アヤナちゃんを忘れるな #092』
六人が移動を始めた。右側通路の非常口へと向かっている。
最後尾の康博が、慌てて携帯をいじる。
パイドパイパーからの指示が転送されてくる。
『右側の遊歩道へ向かう。非常扉があるので、鍵の保護ケースをはずして開錠し、非常階段を下りて作業用通路へ出る。そこが君たちの終着地だ。お節介な奴らに止められないよう、タイミングを見計らってすばやく動くこと。決してためらうな。──よい旅を!
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