第三章
第37話 明石海峡大橋
西園康博
『今、舞子駅に着きました。男子トイレにいます。他に人はいません。ホームのベンチに、高校生くらいの女の子がいました。とりあえず、十時五十分までここで待機します』
LINEのグループトークに、康博から連絡が入った。現在時刻は十時三十分だ。
パイドパイパーが指定した集合場所は、JR舞子駅。ということは、決行場所は恐らく明石海峡大橋だ。
いつきたちは始発電車で舞子駅に向かい、周辺の地理を確認した。駅の改札を出て左に進むと、水平線の向こうまで大きな橋が続いているのが見える。
いつきと鈴と由良は、舞子駅の二階改札を出て歩道橋の先にあるデッキで待機。顔が知られていない安達は改札を、よし子はホームを見回って、パイドパイパーや参加者を探している。中嶋は、もしもパイドパイパーが参加者を車で連れ去った場合を考えて、駅付近に車で待機している。森は遅れて来る予定だ。
三木よし子
『ホームを確認。高校生くらいの女の子が携帯をいじってる。もこもこした焦げ茶色の上着着用。たぶん下は制服。女子トイレの方も見てくるね』
安達和紀
『改札口。まだそれらしいのはいないが、明石海峡大橋方面の歩道橋側からこちらを窺っている女子がいる。黒縁眼鏡で、長髪を一つに束ねて、横の髪だけ出して眼鏡のツルの中に入れてる』
それぞれから報告が入るのを、携帯電話で確認する。
「慎重な子は早めに来て様子を窺っているね。残りは次の電車かな。それでも十分間に合うしね」
鈴が電車の到着時間を検索しながら言う。
いつきと由良は、持参した神主装束に着替え、黒羽織で隠している。草履ではいざというとき走れないので、祭用の白い地下足袋を履いている。
パイドパイパーが指定した集合時間の十分前になった。電車も到着したようだ。
西園康博
『何人かそれらしい人がトイレや改札へ向かいました。僕も改札へ行きます』
いよいよ賽は投げられた。
待機組の三人は固唾を呑んで、LINEの画面を見つめる。改札前にいる安達から報告が入った。
安達和紀
『たぶん全員揃った。顔がわかっているのは、①康博くん、②中嶋の言ってたマ太郎。紺のコートに黒ズボン、黒の革靴だ。たぶん下は学ラン。あとは、③さっきの眼鏡ツルの女子、④三木が言ってたテディベアみたいな上着の女子、⑤ゴスロリっぽい黒服の女子、⑥グレーのキャスケット帽かぶった女子。お互い、気にしつつも声をかけず距離を保ったまま待機してる』
「眼鏡にテディベアにゴスロリ、キャスケットだな。覚えた」
由良が勝手にあだ名をつける。現時点ではアカウント名と突き合わせできないから、便宜上仕方がない。
よし子から、改札の写真が送られてくる。安達と待ち合わせていたカノジョを装って自撮りするふりをしたらしい。
二人で肩を寄せ合っているピンボケ写真の向こうに、六人の姿が写っている。とりあえず、各人の服装や身長などを把握できた。
指定された十一時になる。
康博から、パイドパイパーの指令をコピーしたものが送られてきた。
『舞子海上プロムナードへ向かうこと。改札を出て左へ行き、歩道橋からデッキを抜け、階段を下りたらまっすぐ行って突き当たりを左へ向かえ。三百円で入場券を買って、エレベーターで八階へ上がること』
徒歩移動か車移動か判断しかねていたが、徒歩だ。
車で待機していた中嶋から「車を停めて直接プロムナードへ向かう」と連絡が入る。
中嶋はマ太郎に顔が知られているので、茶色い長髪のウィッグを被り、ジーンズの上着にシルバーのアクセサリーと、一昔前のミュージシャンのような格好をしてきている。遭遇しても、たぶんマ太郎にはわからないだろう。
「じゃあ、私たちも行こう」
いつきたちも立ち上がる。あの六人よりも先回りしなくては。
袴の裾を手で持って、いつきは鈴と由良と共に階段を駆け下りた。
博物館を横目に見ながら進んだ先に、海と、明石海峡大橋が見える。「そびえる」という表現がぴったりなくらい巨大な橋に、圧倒される。
突き当たりはコンクリート製の岸壁で、階段状になっており下に降りられる。柵があるので釣り竿を固定するのにちょうどいいのか、釣り人がちらほらといる。
左手に折れてしばらく行くと、展望台のチケット売り場があった。
三人分の入場券を買って、建物の中に入る。受付に人がいて、和装の二人に少し意外そうな顔をしていた。
パイドパイパーの気配を探ったが、付近にはいないようだ。
エレベーターで八階まで上がる。万一パイドパイパーがいた場合のことを考えて、いつきはエレベーターホールで待機して、由良と鈴に先に海上プロムナードへ入ってもらう。
奴はいないと連絡が来たので、いつきも後を追った。左側通行の指示に従って、遊歩道を進む。
通路の左右は鉄格子のはまった窓で、SF映画に出てくる宇宙船の通路を思わせる。ガラスの向こうに、海と、芝生の生い茂った公園が見えた。岸壁を歩く人たちが、豆粒のように小さい。
第一遊歩道を進み終えると、展望ラウンジや土産物屋があった。そこで鈴や由良と合流する。
その先に、第二遊歩道がある。こちらは壁と天井がまるくなっていて、床以外がガラス張りだった。鉄格子で守られた透明なダクトの中を進んでいる気分だ。
床の一部が強化ガラスになっていて、真下に紺碧の海が見える部分もあり、親子連れがガラスの上に立って記念撮影をしていた。
「海上四十七メートルだってさ。確かに飛び降りたら一巻の終わりだけど、こういうところって外に出られないよう厳重に管理されてるじゃん」
鉄格子つきで窓も開かない作りになっているのを確認しながら、鈴が言う。
プロムナード突き当たりの展望広場にはベンチが置いてあり、ここにも床がガラス張りになった部分があった。
若い男性二人が「ひえー、足がすくむー!」と言いながら動画を撮影している。今はやりのYouTuberだろうか。
「どうしよ、この辺で待機?」
鈴が男性二人組と反対側のベンチに腰をかける。
「パイドパイパーがどこにいるかだよね。プロムナード内にいるかと思ったんだけど、展望室にもカフェレストランにもいないんだ。見てないのは男子トイレくらいかな」
「いや、そこもいない」
由良が、放っていた管狐を肩に乗せて言う。
遊歩道は、先ほど来た左の通路からこの展望広場を回って、右側の通路で戻る順路になっている。
左右の遊歩道の中央部分は空洞で、すぐ下に作業用通路がある。一般人は立ち入れない通路だから低めの柵しかなく、身体を乗り出せばすぐに四十七メートル下の海に落ちるだろう。
白い鉄筋の橋にかかる木製の通路をいつきが見下ろしていると、由良と鈴が隣に立った。
「やっぱりあそこしかないよね」
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