第35話 接触
自分自身の叫び声で、いつきは目が覚めた。
自分がアヤナなのか、真榊いつきなのか、わからなくなる。
左肩が痛んだ。アヤナの気配を感じる。ということは、自分は真榊いつきだ。
「心配したんだよ、何しても起きないから」
妹の鈴が顔を覗き込んでくる。床に寝転んだ状態で、毛布をかけられていた。
視線を時計に移すと、四時過ぎだった。夕方にしては、窓の外が暗い。
「今日は何日?」
「十一月六日の朝だよ。お姉ちゃん、葬祭が終わってからずっと寝込んでたんだよ」
告別式が昨日だったから、半日以上寝ていたのか。
「あんまりおかしいから、由良さんに相談したら、すぐ行くって。たぶん、もうすぐ来る」
パイドパイパーが設定した日時は、明日だ。
それなのに、何もせずに寝ていたとは。
「……パイドパイパーは? #092の企画は?」
慌ててスマートフォンを取り上げる。充電が切れていたので、モバイルバッテリーにつなぐ。
パイドパイパー @Pied_Piper
『【拡散希望】 十一月七日、特別なイベントがあります。私も神官としてご奉仕します。ぜひ多くの人に目撃して欲しいので、よろしく! また告知します。#092』
何だこれは。
十一月七日は神在祭だから正規の手続きを踏まずに
それを、多くの人に目撃して欲しいと言える精神が理解できない。
「場所は? 時間と場所の指示は?」
「まだ。たぶん直前だろうね。邪魔が入ったり心変わりしたりするのを防ぐためにも」
参加者六人は関西在住だ。そう遠くへは行かないと思うが、パイドパイパーが車に乗せて前日移動ということもある。
「そうか。じゃあ」
指令が来る前に。
いつきはゆっくりと立ち上がった。身体がふらふらして、うまく姿勢を保てない。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫。おなかがすいてるだけだから」
「じゃあ、卵粥作ってきてあげるから、座ってて」
鈴が部屋を出て行く。
一人きりになったいつきは、パソコンを立ち上げた。鈴が置いていったペットボトルの水で喉をうるおし、起動するのを待つ。ネットに接続し、Twitterを開く。
パイドパイパーへ、ダイレクトメッセージを書く。
『穂積教本院の神職です。話をしたいので、Skypeアカウントを教えてください』
自分のSkypeアカウントを書き込み、送信を押す。Skypeを立ち上げてヘッドセットを装着し、ビデオ通話ではなく音声のみになっていることを確認する。
DMに既読がつくのを引っ切りなしに確認する。自分が設定した四時二十分という起床時間の直前なのだ。監視のために起きているはずだ。
Skypeの画面に、コンタクトリクエストが現れた。
連絡先追加のリクエスト承認待ち欄に、Pied Piperとある。
「許可」ボタンを押すと、連絡先にパイドパイパーが追加された。向こうの状態は「オンライン」だ。
チャット画面に「やあ、お誘いありがとう。いつでもどうぞ」とメッセージが届く。
通話ボタンを押す心の準備をしていると、向こうからかかってきた。やたらと明るい呼び出し音が響く。いつきは意を決して「通話」ボタンをクリックした。
どちらも無言だったが、空間がつながった。
電波の向こうに、彼が「いる」のがわかった。
「おはよう、真榊いつきさん」
喉の表面だけで出したようなテノールの声が、ヘッドホンを通していつきの耳に直接響いた。とたんに、腹の底が熱くなる。
「あなたのせいで」
ん? と耳元でささやいてくる。
「あなたのせいで! アヤナちゃんは死んだのに、通夜に来ておいて、手も合わせないなんて。しかも、あんなツイートまでして」
パイドパイパーが、クツクツとわざとらしい笑い声をたてる。
「僕のせいじゃないよ。彼女が、自分で柵を乗り越えて、飛び降りたんだ。直前の自撮り写真を見ただろう?」
「あなたがアヤナちゃんを追い詰めたからじゃないの! あんなスレンダーな子を豚呼ばわりして、言うことを聞くまで責め続けて」
「美醜の概念は、地域や時代で変わるんですよ。
「あなたに
やれやれ、とパイドパイパーが溜め息をつく。
「女性のヒステリーには参りましたね。話がしたいと言ったくせに、まったく会話がなりたたない。もう切りますよ」
ちょっと待って、と慌てて制止する。
「じゃあ、感情をぶつけるのはやめることですね。人と話をする態度じゃないですよ」
怒りをぶちまけたいのを我慢して、「失礼しました」と謝る。
「まあ、いいでしょう。聞いてあげるので、理性的にお願いしますよ」
上から目線な物言いに腹が立ちつつも、いつきは低い声でゆっくりと訊ねた。
「あなたは本当に、
ヘッドホン越しに、パイドパイパーが噴き出したのがわかった。
「ハハ、君は神主なのに、
「質問に質問で返してはいけないと、あなたが言ったはずですが?」
言い返すと、パイドパイパーは笑いながら言った。
「さあね、僕も死んだことがないから、わからないや」
腹の底が再び熱くなる。耳も、ちぎれそうなくらい熱を持っている。
「現世よりいい世界だから、他の人たちに勧めていたのではなかったのですか」
「そりゃこの世よりはましでしょ。この世の外ならどこへでも、ってね」
「そんな推測で、他人の人生を左右するなんて」
「僕のせいじゃない。自己責任だよ、自己責任。詐欺に遭うのも、事故に遭うのも、就職先がブラック企業なのも、保育所に受からないのも、飲み物に睡眠薬入れられてお持ち帰りされるのも、みーんな自己責任」
なべて被害者というものは本人に原因がある、だから、原因に心当たりのない自分は被害に遭うことはない。そんな屁理屈をこねて安心を得たい人たちと同じような軽薄な口調に、いつきは怒りがあふれそうになる。
「百歩譲って、誰のせいかは問いません。では、なぜ自殺教唆をしたのですか」
感情を出さないよう、ゆっくりと低い声で訊ねる。
「自殺教唆、になるのかなぁ」
そんなつもりはなかった、と続けるのかと思ったが、彼はあっけらかんと言い放った。
「なぜって……なんとなく?」
さすがに聞き違いかと思った。
言葉を失っているいつきに、彼はさらに畳みかけた。
「いやまあ、死んだらおもしろいなー、とは思ったけど。あいつらクズじゃん。アヤナも、他の#092参加者も。周りになじめなくて、そのくせプライドだけは高くて、でもコンプレックスの塊で。成人してもニートになるだけだし、今のうちにクズ掃除した方が社会のためでしょ」
目眩がする。倒れないよう、いつきは机を両手でつかみ、姿勢を維持した。
「コンプレックスを刺激して徹底的に叩きのめすと、おもしろいくらいにこちらの言うことを受け入れるようになるんだよ。女の子は容姿をけなすのが手っ取り早いね。男はダメ人間呼ばわり。反抗したり#092から抜けたりするよりも、僕の言うことを唯々諾々と聞く方が楽なんだろうけど、そういう易きに流れるところがダメでクズで役立たずなんだよね」
息がうまく吸えなくなってくる。吸って、吐いて、と自分に言い聞かせ、正気を保つ。
「というわけで、なぜ自殺教唆をしたかという質問の答えは、『社会のゴミ掃除』」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます