第11話 手がかり

 あれから五日。


 アヤナに再びダイレクトメッセージを送ったが、警戒しているのか返事はない。


 彼女のツイートは、四時二十分に起きていること、ホラー映画を毎日三本観ていること、陰鬱な音楽をずっとかけていること、食事はサラダだけなことが淡々とつづられている


 時折、容姿に関するコンプレックスや、過去の嫌な思い出が語られる。手を差し伸べようにも、卵の殻に閉じこもられているみたいだ。


 以前鈴がしていたように、ローカルな話題からアヤナを特定しようとがんばってはみた。しかし、「制服はネクタイ」「修学旅行は海外じゃない」程度では、藁の中から針を探すようなものだ。


 アヤナのツイートは、すべて読んだ。

 そればかりか、いいねしたツイートもチェックしている。まるでストーカーだな、と思いつつも、お勤めの合間を縫って、いつきはツイッターを開く。


アヤナ@この世なんて大嫌い @a_ya_na0913 

『もうずっとサラダばっかり。そんなときに親が、アンフライを買ってきた。いいにおい。くうぅ』


 新しいツイートだ。

 アヤナも育ち盛りの女の子だ、たまにはおいしいパンを食べたいだろう。


 アンフライは、いつきも大好きだ。食パンにあんこをはさみ、カラッとあげて三角に切っている。かんだ瞬間、甘い油がパンの中からじゅわっと出てきて、あんことハーモニーを奏でる。


「あー、私もアンフライ食べたくなった。今日はマルツに寄ろうかな」


 そうつぶやいて、はたと気づく。

 アンフライは、市内のパン屋・マルツの商品だ。あげパンのように一般名称と思いがちだが、確かオリジナルではないのか。


 スマートフォンで検索する。やはり、アンフライはマルツでのみ売っている。もちろん似たパンはあるが、アンフライの商品名はこの店だけだ。


 ということは、アヤナの家はS市内、もしくはその周辺に絞られる。


「よし……!」


 そうは言っても、市内は広い。もう少し決め手が欲しい。

 田舎とはいえ、人口は五万八千人。高校生だけで約千六百人。あと九日で探しきれない。


 パイドパイパーの方は、さすがに身元がわかるような書き込みはしていない。


 最終手段は、別人を装って#092に参加することだが、パソコンに詳しくないため、こちらの情報がどうやって漏れるのか仕組みがわからず、手を出せないでいる。


 もう一つ、手がかりにつながりそうなのは……。


「ただいまー」

 社務所のドアを開けて、鈴が顔を出す。


「あれ、鈴ちゃん早いじゃん」

「うん。四コマ目が休講になったから帰ってきた。お父さんは?」

「道路の拡張工事の説明会で、市役所に行ってるよ。村の人たちとご飯食べて帰るから、遅くなるって」


 お供え物のお下がりを物色する鈴に、いつきは話しかける。

「ねえ。康博くん、どうしてる?」

 賞味期限が近い饅頭を二つ取って、鈴が椅子に座る。


「天岩戸作戦は難航中。ゲームに誘って、チャットもして、だいぶ気を許してはくれるようになった。ちょっと危険な企画に参加してしまったってことも話してくれたし。でも、プレイ中でも、通知音が鳴ったら中断しちゃうんだ。たぶん、寝てないって証明に、すぐレスつけないといけないんだと思う」


「じゃあ、相手はパイドパイパー?」


 妹が「おそらく」とうなずく。


「何時間かおきに連絡が来るから、おちおち寝てられないんだって。軽い気持ちで始めたのに、抜けられなくて悩んでいるみたい」


「ネット上だけの関係なんだし、無視してればなんとかなるんじゃ」


「もうすでに個人情報を特定されてるみたい。住所も学歴もつきつけられて、『紙粘土の好きなお母さんはお元気ですか』ってマイルドに脅しもかけられたとか」


 パイドパイパーの不気味さに、いつきは背筋が寒くなる。

 彼が穂積教本院にいきなり現れたフットワークの軽さからも、口先だけでなく本当に実行する残酷さが滲み出ている。


「しかも昨日、『最近よくネトゲで、同じ子とつるんでますね。カノジョ?』って訊かれたって。画伯、あたしのこともすごい心配しちゃって」


 #092の参加者は何人もいるはずなのに、一人のことをそこまで粘着して調べ上げているのか。


「鈴ちゃん、しばらく一人で出歩かない方がいいよ。……それにしても、パイドパイパーっていつ寝てるんだろ。全参加者に数時間おきにメッセ送るって、人間離れしてるよね」


「いやあ、いくつかは予約送信だよ。奴も人間だったんでしょ?」


 抱きすくめられた力強さや唇の感触を思い出して、いつきは身震いした。

 相手のことなどまったく考えない残忍さ、迷いのない強引さ。あれは、理屈の通じない相手だ。


 それとなく話題を変える。

「寝るのが許されているのは、日付が変わってから四時二十分までの間か。パイドパイパーは適度に寝てるとして、参加者の方は、寝不足で判断力が鈍りそう」


「鈍るなんてもんじゃないよ。画伯、ゲームうまかったのに、単純ミス多いし、動き止まってると思ったらプレイ中に寝てるし、チャットも後ろ向きな発言ばっかだし」


 睡眠時間を削られ、食事を制限され、ホラー映画を観たり陰鬱な音楽を聴いたりしていれば、誰だって精神的に病んでくる。人間はそんなに丈夫にできていないのだ。


 睡眠時間を削ったり、監視したりして自由を制限するのは、マインドコントロールの常套手段だと大学の講義で聴いた。


 西園康博も、洗脳されかけているのかもしれない。

 あのときの「助けて」は、やはり切実な心の声だったのだ。


「ねえ、まずいんじゃない。アヤナちゃんもだけど、康博くんも何とかしないと」


 饅頭を両手で持ったまま、うーん、と鈴がうなる。

「ある程度特定されちゃったとしても、自衛すれば大丈夫、って画伯には言ってるけど、なんかもう一生パイドパイパーから逃げられないんじゃないかって怯えてて」


 やはり、洗脳されてしまっている。


 いつきは鈴に体を寄せて、密談するように言った。


「よし、天岩戸作戦、第二段階で」

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