第12話 天岩戸作戦
「天岩戸作戦第二段階って?」
「今度はウズメじゃなくて、
鈴が眉をあげて、わざとらしく驚いた表情をする。
「引っ張り出すの?」
いつきは大きくうなずいた。
ターゲットである康博は、岩戸の隙間から顔をのぞかせている状態だ。このまま一気に外へ出したい。
他に誰もいないのに、顔をつきあわせて低い声で打ち合わせをする。
社務所のパソコンを使って、鈴がオンラインゲームにログインする。うまい具合に康博もいた。夕食にはまだ早い時間だから、タイミングがよかったのだろう。
『画伯ー。まだしばらくいる?』
『いるよ。オカン出かけてるから、晩飯は好きなときに食べるし。真榊、晩飯は?』
『今日、お父さんいないから、ピザ取るの。作るのって面倒くさいんだよ。出かけるのにわざわざ作ってくれるなんて、お母さんに感謝しなきゃいけないよ』
『あー、耳が痛い』
『二十分で落ちるから、チャットだけいい?』
そのまま、イベント用同人誌の発行部数やノベルティの相談を持ちかけている。
『あ、ごめん、玄関のチャイム鳴ったから、ちょっと席はずす』
実際はチャイムなど鳴っていないのだが。
鈴が状態を「退席中」にして、しばらく待機する。
「そろそろかな」
鈴が両手の指をポキポキ言わせてから、状態を「オンライン」に戻し、キーボードを叩く。
『たすけてへんなひとがきt』
送信すると、そのままログアウトする。
奇妙な静寂が流れる。
「どうだろ、画伯、あたしのこと心配してくれるかな」
「心配はするでしょ。パイドパイパーにマークされてるって思ってるんだし」
「でもあいつ、引きこもりだからなー。行動は伴わないかも」
そのとき、社務所の電話が鳴った。
二人とも立ち上がって、ナンバーディスプレイを見る。
「西園」とあった。顔を見合わせてから、いつきが受話器を取る。
「はい、穂積教本院でございます」
少しの間の後、西園康博の声が聞こえた。
「あ、あのっ……西園ですけど、すっ鈴さんは……」
なけなしの勇気を振り絞ったような声だ。
しかし、いつきは心を鬼にして、わざと事務的な声で答えた。
「恐れ入ります、お電話おかけ間違いではないでしょうか」
受話器の向こうで、えっ、でも、と戸惑っている。
「穂積教本院の、真榊いつきさんですよね? 僕、西園です。
鈴のために頑張って食い下がる康博に、姉として嬉しく思いつつも、いつきは受話器を離して部屋にいる誰かに話すように、しかし康博にわざと聞こえるよう言った。
「……いえ、間違い電話です。すぐ切りますから」
再び受話器を耳に当て、通話口に向かって言い放つ。
「番号をお確かめいただけますでしょうか。では、失礼します」
ゆっくりと受話器を戻す。
切る寸前に、部屋の隅から鈴が「切らないで、助けて!」と小さく叫んだ。
お互いの演技が照れくさくて、目をそらしながら溜め息をつく。
古い蛍光灯が、ジー、と音を立てる。やがて鈴が、ぽつりと言った。
「画伯、来るかな」
座った事務椅子の背もたれがきしむ。
「おばさんは道路拡張工事の説明会に行ってるはずだから、康博くん家に一人か。家族の目がない分、外には出やすいかもね」
しばらく二人とも無言で、外の気配に耳を研ぎ澄ませる。
「来るよ、きっと。入れるように、門開けてくるね」
いつきは立ち上がって、五時に閉門した神社の門を開けにいった。
社務所を出て応接室を通り、障子戸と雨戸を開けて外に出る。六時過ぎでもすっかり暗い。草履を履き、重い鉄扉を人一人通れるくらい開いておく。
参道の気配を読み取る。空気は凪いでいて、まだ人の気配はしない。
短い階段をのぼって畳敷きの応接室に戻る。康博が来たときのために、雨戸を戸袋に入れ、障子戸をやはり人幅に開けておく。
鈴が社務所から出てきて、障子戸の左側に隠れるように座った。
いつきは右側から、外の様子をうかがう。静けさを、参道で鳴く鳥の声が破る。
砂利道を走る足音が聞こえた。だんだん近づいてくる。
いつきと鈴は顔を見合わせ、にやりと笑った。
そう、そのままこっちへ来て。
足音が間近にまで迫ってきた。
「ごめんください!」
康博の声だ。
「ま、真榊鈴さんはっ、ご在宅ですかっ」
息が上がって絶え絶えな状態で、声を振り絞っている。
障子戸の向こうに気配を感じる。中をうかがっているようだ。
「は、入りますよー。不法侵入じゃないですからねー」
誰に言い訳しているのかわからないが、康博が小声で言いながら、ごそごそとしている。靴を脱いでいるのだろう。続いて、短い階段をのぼる足音がする。
障子戸に手がかかった。すー、と静かに戸が開く。
「おじゃましまーす」
康博の体が完全に応接室に入ったところで、左側にかがんでいた鈴が言った。
「はーい、どうぞー」
ぬおぉえあぁ! と奇妙な声をあげ、康博が声のした方を振り向く。
慌てたせいか、畳で足がすべり、康博が派手に尻餅をつく。振動で天井まで揺れた気がした。
いつきのすぐ前に、康博の横顔がある。
「ごめんなさいね、驚かせちゃって」
いつきの声に、康博は目玉が飛び出るかと思うほど目を見開いてこちらを凝視し、声にならない悲鳴をあげた。
両足をものすごい早さでばたばたさせて、部屋の奥へと後ずさっていく。
「ひっ……え、あ、真榊……とお姉さん」
尻餅の体勢のまま、康博が左右を確認する。
立ち上がったいつきと鈴を見上げる彼の顔は、泣きそう、というより実際に泣いていた。
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