第五話 他人のパンツで相撲を取る

 しばらく森を彷徨ううち、ようやくヒュドラの物と思しき手がかりを見つけた。

 不自然に枯れ果てた草木の群れだ。鬱陶しかった繁みも頭上の木々も葉が落ちて、すっかり夜になった空がよく見えた。月明かりに照らされて、少し明るい。

 草枯れは何者かが通ったかのように太い直線状の道として続いている。これを辿っていけばヒュドラに会えるかもしれない。


 枯草の道を進むうち、重苦しい気配が一帯を包んだ。

 二人は立ち止まって構える。


「いるよ」

「ええ、私にもわかりました」


 二人が立っているのは開けた広場だ。周囲は円形に草が枯れ果て、頭上の見通しもよい。

 この広場はこれまでの道と比べても草の枯れ方が最も激しく、これより先に枯草の道はなかった。つまり、ここが道の終わりであり、ヒュドラが最後にいた場所であることを意味する。


「ヒュドラが現れたら、さっきの魔法で即座に殺しなさい」

「いいの? またドロシーも食らうかもよ?」

「一度経験していますので、身構えられます」

「おっけー。それなら遠慮なく」


 コットンが準備を整えるとほぼ同時、大きな地響きと共に地を割って現れたのは、太い蛇の頭だ。その数は九つにもなり、各々が不気味に蠢いている。木々よりも高く首をもたげ、愚かな二人の獲物を見据えた。


「アンリーシュ・ザ・マッドネス・リビドー!」


 邪悪な魔力が吹き荒れる。異常性欲を喚起する、精神浸食の下着魔法だ。

 やはり安物のパンツではコントロールに難があるようで、影響はドロシーにも及んだ。しかし事前に心構えができたので、なんとか歯をくいしばって耐えることができた。


 一方、不意打ちで直撃を食らったヒュドラは無事では済まない。

 九つの首が暴れまわり、互いの首を絞めあい、噛みつきあい、狂気に蝕まれているのは明らかだ。自らで互いの首をズタズタにしながら、血涙と泡を吹いてヒュドラは倒れた。


「終わりましたか……」

「こんなザコヘビ、らくしょーすぎるよ。わたしを誰だと思って――」

「いえ、気をつけなさい!」

 ドロシーの目の前で、ヒュドラが再び動き出した。

「なんで!」

「ヒュドラは強い再生能力があると聞いたことがあります」


 長い首を振り回し、毒液を吹き出して襲い掛かってくるヒュドラ。二人は何とか回避しながら敵を観察する。


「真ん中の首だけ生殖への欲求があのを感じる。たぶん、他の首に意識は無いんだよ」

「では真ん中の首に攻撃を集中しなさい。おそらくそれが本体です」

「そんなこと言っても、もうパンツが無いよ!」


 敵の攻撃をかわしながら、コットンが喚く。見れば先ほどの立ち位置に破れたパンツが落ちていた。出発前に買い与えた安物の綿パンツは二枚組である。残弾が無い。


「しかたがありません。私のパンツを穿きなさい!」

「ええ……ドロシーの脱ぎたてー……?」

「つべこべ言わない!」


 コットンが敵を引きつけているうちに、ドロシーはスカートに手を突っ込んでパンツを脱いだ。これが最後の希望だ。


「投げますよ!」


 ドロシーが丸めて投げたパンツを、コットンが嫌々ながら受け取る。


「うわぁ、これ綿じゃないじゃん。やだなあ、もう」


 露骨に嫌そうな顔をしながら渋々パンツを穿くコットン。そこへヒュドラが再度の攻撃を仕掛ける。


「着替え中に襲ってくるなんて、デリカシー無すぎ!」


 直撃寸前でパンツを穿き終えたコットンが跳躍して攻撃を回避。


「アンリーシュ・ザ・マッドネス・リビドー!」


 空中から放たれた強烈な一撃が、中央の首に叩き込まれる。威力を集中させたであろう魔法の効果により、ヒュドラは一度目とは比べ物にならないほどのたうち回り、絶叫の末に壮絶な死を迎えた。


 倒れ伏したヒュドラに近寄り、コットンが呟く。


「たぶん、これが本当に最後の個体なんだと思う」

「なぜ分かるのです?」

「魔法で性欲を喚起した時、行き場のない悲しさみたいなものを一緒に感じたから。もうずっと同類の相手に会えてなかったんだろうね」

「……では、これで楽になったでしょう」


 その後、ヒュドラの体から毒素の詰まった肝を採取し、二人は王城へと引き上げた。

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