第二話 脱ぎたてパンツすり替え計画

 翌日、フィルを家庭教師の担当者へと送り出してから、ドロシーは行動を開始した。


 まずは城下へと繰り出す。

 ここは王都、シルクノシタギア。シタギア王国全土から、ありとあらゆる人と物が集まってくる大都市である。


 街へと下りたドロシーがまっすぐに向かったのは、高級衣料品店『スノウシルク』である。王族御用達の名店だ。

 入店したドロシーは、脇目も振らずに突き進み、最奥にある扉へと辿りついた。


「フィルネリア王女のお世話係、ドロシーです」


 扉の前に立つ店員へ、ドロシーは胸に輝く徽章を示しつつ名乗った。


「お待ちしておりました。ドロシー様」


 店員は恭しく礼をすると、横に退いて扉を開いた。ここはごく一部の限られた人物だけが入ることを許される、上得意客専用のVIPルームである。

 扉の向こうでドロシーを迎えたのは、高品質な内装の応接室と、スノウシルクの男性支配人であるショーツーリであった。


「これは、これはよくおいでくださいました。ドロシー様」

「お久しぶりです。ショーツーリさん」

「さ、どうぞ。おかけください」


 ドロシーがソファへと腰かける。話はショーツーリの方から切り出してきた。


「さて、今回のご相談はフィルネリア王女殿下の下着についてだとか」

「そうです。実は、姫さまが現在使用しておられる下着、主にショーツについて、その全点をもう一枚ずつ買いたいのです」

「ほほう……」


 フィルの衣料品は今のところ全てスノウシルクで購入している。当然、下着もその例に漏れない。ただし、量産品ではなく、すべて一点物の特注品だ。


 ドロシーの計画はこうだ。

 現在フィルが使用しているパンツと寸分たがわぬ同一品を各一点用意する。フィルが入浴等によりパンツを脱いだ際に、同一の新品パンツと脱ぎたてパンツをすり替える。

 これを繰り返せばフィルに気取られることなく、全種類の脱ぎたてパンツを手に入れることができるのだ!

 まさに完全無欠。パーフェクトプランである。


「王女殿下の下着は、王室のご注文により、不足が無いよう一括でかなりの量を納めていたはずですが、何か商品に不備がございましたでしょうか?」

「いいえ。納められた物はすべて良品です。ただ、同一の予備が必要となったのです」

「予備、ですか」


 ショーツーリは顎に手を当てて何かを考え始めた。

 少し強引すぎただろうか。

 突然押し掛けた世話係が大量の下着一式を製作依頼するというのは、確かに不自然ではある。しかし、ことは王女の下着に関すること。穿って理由も聞きづらいはず。

 しばらくして、ショーツーリは答えた。


「承知しました。同一品でよろしければ、台帳を調べれば担当の職人も分かりましょう。しばしお待ちを」

「お願いします」


 ショーツーリが席を立って部屋を出ていった。ドロシーはホッと胸をなでおろす。ひとまず第一関門にして最難関門クリアだ。注文さえできればこっちのもの。


 十分ほど経った頃、ショーツーリが応接室へ戻ってきた。手には革表紙の冊子がある。店の台帳だろう。


「ドロシー様、申し訳ございません。ご注文は承りかねます」

「なぜ!」

 ドロシーは、思わずソファから立ち上がって問うた。

「それが、殿下の下着をデザインから製作まで行った職人が、半年前に逝去しておりまして」

「な、なんですって!」


 雷に打たれたかのように硬直するドロシー。まさか職人が死んでいるとは、想定外であった。


「他の職人ではできないのですか? デザインは残っているのでしょう?」

「図面も型紙も残ってはいるのですが、当該職人に並び立つ腕の物は残念ながらおらず……。しかも王女殿下の下着ということで、当時の職人もかなり腕によりをかけて作った様子。素材も普通では手に入らない希少品ばかりでして、完全同一というのはおそらく困難かと」

「そんな……」

「しかしながら、他の職人に作らせても実用性の面で不足はございません。いかがでしょう? ほんの少しばかり品質では劣るかもしれませんが、素材も入手可能な代用品であれば、ほぼ同一の物を用意することは可能です」


 ほぼ同一品。確かに、実用面では問題ないのであろう。おそらく、すり替えたところでフィルも気づくまい。しかし――


「なりません。畏れ多くもフィルネリア王女殿下に、品質の劣る下着を穿かせるなど、断じて許されません! 王国を代表する衣料品店としてのプライドはどうしたのですか! 恥を知りなさい!」


 鼻息荒く言い切るドロシーに、ショーツーリは圧倒される。

 ドロシーの計画は、ただ下着を得られたら良いというものではないのだ。


「もはやこちらに用はありません。失礼します」


 呆気にとられるショーツーリを後に、ドロシーは店を出た。


 こうなったら、最終手段しかあるまい。

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