第三話 封じられし下着の悪魔
深夜、ドロシーは王城の地下階に降りていた。
煌びやかな上階とは異なり寒々しい石壁が続く。
ドロシーは杖先にともした魔法の灯りを頼りに階段を下る。
地下は深く、五階層にも及んで造られている。地下一階は倉庫として利用されているのだが、地下二階から四階は迷宮のように入り組んだ冷たい通路が延々続くばかりで、部屋や設備はひとつもない。
また一つ階段を下る。これが最後の階段だ。
階段を下り終えたドロシーの目の前に、巨大な扉。
扉はただ巨大であるだけでなく、物理的に、さらに魔法的に非常に堅牢にできている。一流の職人と最高峰の素材によって製造された扉に、精霊魔法のあらゆる奥義と秘術による究極の防護。王の私室よりも強く守られた扉といっていい。
この不自然に強固な部屋こそが、王城に地下階が作られた理由である。一見無駄に見えた迷路ばかりの地下階も、この扉に部外者を近づけないため、また扉の中の者が外に出ないようにするために造られているのだ。
「そこに誰かいるの?」
少女の声。
冷たい地下に響き、石壁に浸透して消えてゆく。
「ええ。いますよ」
扉の奥から笑い声が聞こえた。小さく、そして嘲るような少女の笑い声。
声色はとても幼い。声だけから想像するならば、フィルと同じか少し年下といったところだろう。だが、こんな扉に閉ざされた者が、尋常な子どもであるわけがない。
「わかるよ。わたしにおねがいがあってきたんだね? ふふっ。ふふふふふっ」
不気味な笑い声と威圧感が扉から漏れ出してくる。しかし、ドロシーも覚悟を決めてきているのだ。毅然とした態度で返答する。
「その通りです。私は貴女と契約を結ぶため、ここに来ました」
「いいねー。でも、ざーんねん。わたし、ここから出られないんだ。いじわるな人たちがさー、わたしを閉じ込めちゃったの。ひどいよねー?」
「問題ありません」
ドロシーは杖を構え、扉を睨んだ。
「今開けますので」
ドロシーの魔法技能は王国随一。王女の専属メイドというのは凄まじい技量を求められるのだ。ただ王女の世話ができればいいのではない。あらゆる魔法や武芸に精通し、いついかなる時も王女を守るちからを要求される。
王女専属となるため、血の滲むような努力の果てに国の頂点にすら上り詰めたドロシーを止めうるものなど、誰もいない。
この扉を守る秘術も、あらゆる手を尽くして調べ上げた。今の地位にあるからこそ手に入れられた情報である。仕組みさえ分かってしまえば、ドロシーに破れぬものではなかった。
ドロシーの魔法に反応し、扉の防護が発動する。不気味な魔法陣が明滅し、不届き者を抹殺せんと襲い掛かる。だが、ドロシーの魔法はそのすべてをいなし、ついに扉の防護は完全に沈黙した。
ガコンと鍵の外れる音が響く。
重い扉を開き、魔法の灯りで内部を照らす。
部屋の中央に、幼い少女がいた。くるぶしまで届こうかという真っすぐな長髪、不気味なほど美しくきめ細やかな肌。過剰なまでに装飾を施された豪奢なドレスを身にまとい、頭には小さな金色の王冠を乗せていた。完璧すぎて人間味を感じさせない、悪魔的な愛らしさだった。
少女は両手と両足を広げたまま、壁に鎖で拘束されていた。強固な呪いにより封じ込められているのだ。
「大悪魔コットン」
名前を呼ばれた少女は、爛々と輝く真っ赤な瞳をドロシーへと向けて笑む。
それはまさしく、悪魔の微笑みだった。
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