第四話 下着に契る

 大悪魔コットン。

 シタギア王国において、その名を知らぬ者はいない。

 あらゆる下着を司り、あらゆる下着についてを知り尽くす。まさしく下着の悪魔。

 冒涜的禁術である下着魔法のすべてを操り、世の劣情を煽る災厄の権化にして清純の敵。

 その身に穿く『地獄の綿パンツ』は、人知を超えた力を内包し、そこから放たれる究極の下着魔法は、あらゆる情欲を思いのままに叶えるという。

 千年の昔、伝説の下着泥棒ルパンティアとの契約により、下着という下着を盗みつくして大陸全土を震撼させた、最強最悪の大悪魔。それがコットンである。


 その大悪魔が今、ドロシーの目の前にいる。


「はぁい。なーに?」

「力を貸しなさい」

「ふふっ。いいけどー。まずはこれ、解いてくれないかな?」


 コットンが体を揺すると、鎖がじゃらりと音を立てる。

 鎖の拘束には部屋の扉と同じく、強力な術が施されている。しかし、事前に調べてきた情報とドロシーの技量ならば解除可能だ。


「その前に、契約の話をしましょう」

「気がはやいなあ。せっかちさんかな?」


 ふざけるコットンには取り合わず、ドロシーは淡々と続ける。こと契約において、悪魔にペースを握られたらおしまいである。


「まず、私が支払う対価について。これは、貴女の拘束を全て解除し、千年ぶりの自由を与えることとします」

「ふーん。じゃあ、わたしはあなたに何をしてあげたらいいの?」

「拘束を解除した後で話します。そして、貴女はそれに従わなくてはならない」

「はぁー? なにその契約。ふびょーどーだってわかるよね?」

「納得できないのでしたら、この契約は無しです。扉の封印もすべて元通りにして私はここを去り、貴女は再び永遠に閉じ込められます」

「……」


 コットンの顔から初めて笑みが消えた。

 この大悪魔コットンは千年もの長きにわたり、王城地下に幽閉されてきたのだ。これが最後のチャンスであることくらいわかっているだろう。

 悪魔は人を惑わすが、結ばれた契約を違えることはない。これは絶対だ。油断なく、いかに有利な契約を結ぶかが肝要である。今回の契約において、ドロシーは圧倒的に優位な立場から要求を突きつけられるのだ。

 沈黙の睨み合いの後、コットンは答えた。


「いいよ。わたしに自由をもたらす見返りとして、わたしはあなたの望みをかなえてあげる」


 ドロシーの顔にようやく笑みが浮かんだ。それは悪魔にも負けていない、悪巧みの笑みである。


「その返事を待っていました。では」


 ドロシーの杖先から魔法が迸り、コットンを繋いでいた鎖が音を立てて外れる。

 恐るべき悪魔を押さえつけていた魔法が消え失せると同時、その気配が部屋中に増大してゆく。あまりにも絶大なその力に圧倒されないよう、ドロシーは気張らなければならなかった。


「ふふふっ。自由だ。自由だよ。ふふふふっ。あはははっ!」


 スカートをはためかせながら、コットンはくるくると回って驚喜した。邪悪を孕んだ嬌声が石壁に反響して、ドロシーの耳を不愉快に打つ。

 千年拘束されていたのだ、人知を超えた大悪魔とはいえ、喜ぶのも無理はない。


 ひとしきり喜んだ後、コットンは言った。


「じゃー、次はあなたの話を聞こうかな。このわたしを呼び覚まして、一体どーんな悪いことをしたいのか、教えてちょーだい?」

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