第五話 脱ぎたてパンツすり替え計画・改

 ドロシーはコットンを引き連れて自室へ戻った。

 ドロシーの私室はフィルの私室のすぐ隣にある。フィルの私室ほど豪華ではないが、王城に勤める他のメイドとは比べ物にならない優雅な部屋である。王女専属のメイドとして、その能力にふさわしい高い待遇が用意されているのだ。


「で、望みはなーに?」


 勝手にドロシーのベッドに腰かけ、足をぶらぶらと遊ばせながら、コットンが問うた。


「下着の複製です」

「複製? なんだか変わった願いだねー。ま、なんでもいいけど」

「頼みますよ。たくさんありますからね」

「わたしをだれだと思ってるの? 天地を揺るがす下着の大悪魔、コットンだよ! 何枚あろうと、らくしょーなんだからっ」


 どんど誇らしげに胸を叩いて、ベッドから飛び降りるコットン。仕草だけであれば生意気なだけの子どもに見えるが、幾千の時を生き、かつて大陸全土を震撼させた大悪魔なのだ。その能力に疑いは無い。


「じゃー、増やす下着を見せてもらおうかな」

「ここにはありません。隣の部屋です。静かについてきてください」


        *


 ドロシーとコットンは息をひそめてフィルの私室に侵入した。

 ドロシーは念のためこっそりとフィルの様子を確認する。よもや信頼を寄せる世話係が寝込みに下着を漁りに来る変態などとは夢にも思っていないだろう。幸せな寝顔で眠っていた。


「この子が今のお姫さま? かわいいね」

「姫さまから離れなさい。下賤のクズ。穢れたゴミ」

「ひどーい。ちょっと顔見てただけじゃん」


 フィルの寝顔を覗き込んでいたコットンが、頬を膨らませて抗議する。

 フィルが起きてしまう危険もあったが、それ以前に悪魔がフィルに近づくことにドロシーは我慢がならなかった。


「だいたい、あなたも相当なゴミクズだよ。自覚ある?」

「……」

「まあまあ、そんなに怒らないでよ。わたし、悪い人だーいすき! 悪者同士、なかよくしよーねっ」


 返す言葉もなく、ドロシーは黙って箪笥へと身体を向ける。悪魔の挑発につきあっている時間は無い。


「増やすのは姫さまのパンツです」


 箪笥の下段を引き出し、光量を抑えた魔法の灯りを点ける。

 照らし出されたそれは、ドロシーにとって極楽の花畑だ。

 小さく折りたたまれたフィルのパンツが整然と並べられている。色も柄も様々で、すべてがこの世に二つとない最高品質の下着だ。

 ドロシーは若干高鳴りかけた情欲を抑えつつ説明を始めた。


「見ての通り、ここには姫さまのパンツが収められています。全てこの世に一枚しかない、熟練職人の手作りです。貴女にはこの全てを一枚ずつ完璧に複製していただきます」

「ふーん。なんで?」

「話す必要がありますか?」

「聞きたい、聞きたい。きーきーたーいー! メイドのおねえさんがー、お姫さまのパンツを増やしたいりゆー、わたし聞きたいなぁー」


 ドロシーにすり寄りながら、わざとらしく上目遣いでたずねるコットン。ドロシーは鬱陶しそうに舌打ちをした。


「姫さまの脱ぎたてパンツとすり替えるのです。私は姫さま専属のお世話係ですので、姫さまが入浴なさる際に、脱衣に立ち会うことができます」

「ほうほう」

「お洋服を洗濯係に出す前にパンツをすり替えます。そうすれば、誰にも気づかれることなく、私は姫さまの脱ぎたてパンツを、この手に……! ふふっ。うふふふふふふふふふ……」


 ドロシーの目が獲物を追う獣のごとき光を発し、不気味な笑い声が漏れ出す。


「うわ……ドン引きだよ」

「貴方に言われる筋合いはありません。とにかく、計画のためには完璧な複製が必要なのです。しかし、これを作った職人は既に他界しており、素材も普通では入手困難な希少品であったため、新たに作ることができませんでした。ですが、下着を司る悪魔であれば、この程度のことは容易いのでしょう?」

「もちろん。まあ、まかせといてよ」


 コットンは不敵な笑みを浮かべると、一枚のパンツを手にとって広げた。

 それは淡い空色のパンツであった。どこまでも広がる青空を思わせるような透き通る空色。白く色の抜かれた部分が、ふんわり浮かぶ綿雲を表現していた。穿けば空にも昇れそうな、楽しさと軽快さ溢れる逸品である。


「ふふっ。かわいくてふわふわー! これがお姫さまの、お子さまパン……ツ……」


 楽しそうに話し始めたコットンだったが、徐々にその笑顔を曇らせてゆき、言葉の最後には驚愕の色すら浮かんでいた。


「どうしたのです?」

「これ、複製できない……」

「なんですって!」


 コットンはあらゆる下着を支配する悪魔である。下着に関してならば、ほとんど全知全能に近いとすら言われる最上級の存在だ。いかに王女のパンツが高級品であろうと、コットンの手が及ばぬはずはない。


「素材が特殊すぎるよ」


 コットンは空色パンツをドロシーに突き付けながら言う。


「天空を支配する大怪物、ジズの尾が使われてる」

「……!」


 言葉に詰まるドロシーをよそに、コットンは信じられないといった顔で箪笥に手を伸ばし、他のパンツも次々に掻き出しはじめた。


「こっちはキレイン・クロインの鱗、こっちはグワグワクワラヌークシウェイの羽、こっちはタギュア・タギュア・ラグーンの尻尾、ヨルムンガンドの牙、メドゥーサの髪、クラーケンの墨、サンダーバードの雷、玄武の甲羅、ロック鳥の爪、ベンヌの炎、麒麟の角――」


 コットンは散らかったパンツの海にがっくりと膝をついて、放心したように結論を述べた。


「これを作った人は頭がおかしい」

「間違いはないのですか?」

「下着に関して、わたしに間違いはないよ……」


 素材が希少だとは告げられていたが、これほどとはドロシーも思わなかった。いかにコットンが強力といえど、伝説級の特殊な素材は複製できないということか。だが――


「分かっていますね? 契約は絶対です」

「もちろん……でも、これは」

「方法は一つですよ」


 コットンがドロシーを見上げる。次の言葉は予想できているのだろう。


「素材を集めるまでです」


 ドロシーがコットンに手を差し出す。


「貴女は下着を司る悪魔として、その存在をかけて臨みなさい。私は私の野望のため、死力を尽くすつもりです」


 コットンはドロシーの手を取る。


「わたしは下着の大悪魔コットン。下着のことで、不可能は無い」

「良いでしょう」


 ドロシーに手を引かれ、コットンは立ち上がる。その顔はすでに余裕を取り戻し、悪巧みが大好きな悪魔のものだった。


「そういえば、まだあなたの名前聞いてなかったね」

「私は、フィルネリア・ショート・シタギア王女の専属メイド、ドロシー・ギタボです。以後目的が達せられるまでは、よろしくお願いしますよ」


 フィルの幸せな眠りの横で、悪魔と変態の結束が成された瞬間であった。

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