第二章 毒を以て毒を制すパンツ

第一話 爽やかな朝にレモンをどうぞ

 王女の部屋にカーテン越しの朝日が差し込んでいる。

 今日のフィルはいつもより少し早起きだ。何故なら、国王である父と王妃である母、そしてフィルの三人そろっての久しぶりの外出だから。

 普段は忙しくてなかなか一緒に過ごせない三人にとって、貴重な時間だ。


 ベッドで身を起こしたフィルは、んーっと伸びをして眠気を払う。

 カーテンを勢いよく開ければ、部屋中が日光で満たされた。

 王城でも上階に位置するこの部屋からは、城下町を通り越して遠くの平原から山々まで見渡すことができる。今日の空は快晴。最高のお出かけ日和である。


 ノックの音がした。


「姫さま、朝でございます」

「もう起きてるよ」


 返事を受けて入ってきたのはドロシーだ。彼女はフィル専属のお世話係である。

 フィルにとってはいつも身の回りのことを手伝ってくれる優しいお姉さんといった感じであるが、実はいろいろな魔法を使いこなし格闘もできる凄腕の兵士でもあるらしい。本人曰く、フィルの護衛も兼ねているのだから当然とのことだ。

 未だかつて危険な目に遭ったことの無いフィルは、ドロシーが戦う姿を見たことが無い。修練の様子を見せてくれと頼んだこともあるが「そのように野蛮なことは知らなくてよいのです」と断られてしまっていた。


「おはようございます。姫さま」

「おはよう。ドロシー」

「ご自分で起きられるとは、珍しいこともあるものですね」


 そう言ってドロシーがくすくすと笑う。フィルが抗議するも、ドロシーの言う通りなのだから仕方がない。


「さ、お着替えをしましょう。今日は野原へ散策ということでしたので、動きやすいお洋服をご用意しました」


 そう言って、ドロシーが取り出したのは軽そうなワンピースだ。装飾も控えめで動きやすさを考えつつも、王族として備えるべき気品はしっかり押さえている。薄手の生地は暖かい今日の天気によく合っているだろう。

 やはりドロシーはフィルのことを良く分かっている、優しいお姉さんだ。


       *


 ドロシーはフィルに魅入っていた。

 薄桃色のネグリジェを脱がすと、フィルが身に着けているのはパンツ一枚だけだ。鮮やかな黄色がドロシーの邪心を昂らせ、目の奥がちかちかするような快楽を呼び寄せる。

 バックプリントに描かれた爽やかな輪切りのレモンが、その所有者の瑞々しさと新鮮さをも発散させているかのようだ。

 これはまさしくフィルのために作られたパンツであり、フィルのパンツはフィルが穿いていてこそ完成している。これは芸術だ。


「あの、そんなに見られると恥ずかしいのだけど……」

「はっ、あ、すみません。すぐに」


 ドロシーは無意識的に没入していた下着鑑賞から意識を戻す。フィルの成長に伴ってか、その魅力に飲み込まれることが増えてきている。ドロシーは心の中で戒めた。


「わたしのパンツになにかあった?」

「いいえ。なにもございません」

「そう」


 ――嘘です! 本当は姫さまの脚に抱き着いてパンツをむしゃぶりつつ、姫さまと今日のパンツの組み合わせが、いかに愛らしく尊く素晴らしいか一時間ほど語って述べたいのです!


 が、それは気合で我慢した。


 着替えを終えると、フィルはドロシーにたずねた。


「ねえ、ドロシー。今日のお出かけには本当に来ないの?」

「はい。申し訳ありません」

「謝らなくてもいいけど、ちょっとだけ寂しいなって」


 寂しいのはドロシーも同じであった。むしろ寂しいを通り越して、魂が己を掻きむしり、慟哭をあげているほどだ。残念さの程度についていうならばドロシーのほうが何百倍も大きいといえる。一緒に出掛けたいに決まっていた。

 しかし、今のドロシーにはどうしても外せない用事があったのだ。

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