第二話 可愛い茄子には毒がある

 フィルは国王と王妃、そしていくらかの護衛を伴って出かけた。昼食も持って出て行ったので、今日は夕方まで帰らない。

 ドロシーは通常業務としてフィルの部屋を清掃し終えた後、フィルのパンツが入った引き出しを開けて茫然と眺めていた。このところ仕事に時間の余裕があれば、こうするのが習慣になりつつあった。


「ドロシーってさ、暇なとき、ずーっと姫さまのパンツ見て過ごしてるわけ? ほんと、いい趣味してるよねー」


 ドロシー以外誰もいないはずの部屋に少女の声が響く。若干嘲るような声色のこれは、人間が発したものではない。


「どこにいるのです?」

「こっちこっちー」


 ドロシーが振り返ると、開け放たれた窓に腰を掛ける少女がいた。欲深さを表すかのように豪奢なドレスを風にはためかせ、ドロシーを見下ろしている。

 厳重に守られた城内で、凄腕の護衛であるドロシーに気取られることなく背後をとれるこの少女こそ、下着を司る大悪魔、コットンである。


「卑しい悪魔が、無断で姫さまのお部屋に入るなど許されませんよ」

「こないだドロシーが入れてくれたのに、いまさら? それに、勝手にパンツ漁ったり舐めたりするのはいいの? 姫さまが知ったら、きっとびっくりしちゃうね」

「……」

「まあいいや、今日はそんな話をしに来たんじゃないし」


 コットンは部屋に踏み入ると、ドロシーの元まで歩いてきて箪笥の中を指さした。


「まずは第一号。準備はおっけー?」

「ええ」

「大好きな姫さまとのお出かけまでガマンしたもんね。えらいえらい!」


 フィルからの誘いを断ってまで、どうしても外せない用事。それがこれだ。

 フィルの脱ぎたてパンツを手に入れるため、すり替え用の複製パンツを作らなくてはならない。そのための素材を取りに行くのだ。


「でも、専属の護衛なのによく断れたね。フツー一緒に行かないとだめじゃない?」

「寛大なる国王陛下が、いつも王女のためばかりでなく、もっと自分の時間を作れと」


 王女専属として雇われているドロシーがフィルの外出について行かないなど普通なら許されることではないのだが、日々献身的に業務にあたるドロシーの評価は高く、休暇は快く承諾されたのだ。


「あっはっはっは! なにそれ、おもしろーい! それで? 与えられた休暇でやることが姫さまのパンツを奪うための準備って、けっさくぅー」

「黙りなさい」

「姫さま、今頃さみしがってるだろうなぁ。でも、いつもがんばってくれてるドロシーのためと思って、ぐっと堪えてるだろうに。まさか、自分の脱ぎたてパンツを狙うために休んでるなんて、きっと夢にも思わないだろうなぁー」


 ドロシーが強く睨みつけると、コットンはようやく嘲るのをやめて言った。


「ごめんね、おもしろすぎて。でもいいね、背徳的でゾクゾクしちゃう」


 わざとらしく自らの体を抱いてくねくねと動くコットンにイラつきながらも、ドロシーは今回の仕事についての話を始める。


「今日の計画について確認です。まず、対象となるパンツはこれで間違いありませんね」


 ドロシーが箪笥から一枚のパンツを取り出して広げる。

 生地の色は白だ。そこにたくさんの小さな茄子がドット柄状に配置されている。柄の紫色がさっぱりした白地の上でよく目立つ、少し変わり種なデザインだ。フロントに付けられた小さなリボンも紫色である。


「ナスだ。ちょっと珍しい柄だね」

「ええ。至高の逸品です」


 今回はこのパンツに使われている希少素材を手に入れなければならない。その素材とは一体何か。


「このパンツの紫色ね、ヒュドラの毒液で染められてるよ」

「ヒュドラですか……」


 ヒュドラ。それは数多の頭を持つ恐るべき蛇の怪物だ。この怪物が持つ猛毒は、百倍に薄めた一滴でも村一つを壊滅させうるとまで言われている。


「そんな危険なものをどうやって使ったのでしょう」

「うーん……魔法で無毒化されてるね。それどころか、猛毒の性質を逆に利用して、強い耐毒性の加護にしちゃってる。これを穿いてる限り、どんな毒を頭からかぶっても無傷で済むと思う。これ作った人はものすごい下着魔法の達人だよ。ま、わたしほどじゃないけど」


 パンツに顔を近づけ、神妙な顔で分析をするコットン。べろべろとこのパンツを舐めまわしてしゃぶりつくしたことのあるドロシーでも全く見抜けなかった情報だ。さすがは下着を司る悪魔である。


「下着魔法は禁術ですが……」

「かなり変態的な職人さんだったんだね。その人も姫さまのことが大好きで張り切りすぎちゃった感じかな?」


 今になって分かった驚愕の真実であるが、現物があるものは仕方がない。それに職人はすでに亡くなっているのだ。とにかく素材さえ入手できれば、あとはコットンの能力でパンツは複製できる。


「で、ヒュドラの生息地は?」

「調べたところ、ヒュドラは約百年も前に絶滅したと記録にあります。もともと数の少ない怪物でしたが、カセンノシタギアのとある騎士が刺し違えて討伐したのが最後の個体だとされているようです。ところが、約三年ほど前から、ナイロン領西部の大森林地帯でいくつかの目撃例が報告されています」


 ヒュドラ以外にも蛇の魔物は多くの種類がいる。しかも、ただでさえ魔物が多く危険な大森林地帯での目撃例である。見間違いという可能性も大いにあるが、目撃例の中には熟練の騎士や魔物学者もいるので、全てを誤りと決めつけるのは尚早だ。


「目撃の報告を受け、ナイロン伯爵が明日に大規模な捜索活動を行うと発表しています」

「それで今日がタイムリミットなわけだねー」

「ええ、その通りです」


 目撃談の真偽はともかく、明日にはヒュドラの生き残りが討伐されてしまう可能性があるのだ。それだけは絶対にあってはならない。


「ナイロン伯に先んじて、私たちがヒュドラを討ちます」

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