第三話 パンツくらい穿かせて

 辺境のナイロン領へは鉄道移動だ。午前を丸ごと鉄道移動に使い、昼頃には着くことになる。

 そこから大森林への移動とヒュドラの捜索と討伐を今日中に行わなくてはならない。かなりのハードスケジュールといえる。

 これでもナイロン領は王都から近いほうである。今後のことを考えると、長期の休暇をもらう必要が多く出てくるかもしれない。


「さあ、予定の汽車がもうすぐ出ます。駅へ急ぎますよ」

「ちょっとまって、その前に寄りたいところがあるんだけど」


 駅へ向けて城下町の大通りを足早に歩いていたが、コットンが突然そんなことを言い始めた。次の汽車を逃せばすべての計画は破綻だというのに、今更何だというのか。


「はあ、どこへです?」

「服屋さん」

「なぜ」

「パンツ買うから」

「どうして今そんなものが必要ですか?」

「わたし、いまパンツ穿いてないもん……」

「は?」


 突然明かされた、衝撃の真実。下着を司る大悪魔がパンツ穿いてない。

 柄にもなくもじもじし始めたコットンにドロシーは怒る。


「何ですか貴女は、剣を無くした剣士ですか。包丁を無くした料理人ですか。筆を無くした画家ですか。下着の悪魔が下着付けてないってどういうことですか。馬鹿ですか。そもそも、下着の大悪魔コットンといえば、地獄の綿パンツの持ち主でしょう。それはどこへやったのですか?」


 地獄の綿パンツ。

 それは身の毛もよだつ、世にもおぞましい力によって生み出された魔具である。

 伝説によれば、地獄の底の底の底、最下層に咲き誇る罪人の綿花から、地獄の炎と恨みの風によって紡がれたのだという。

 地獄に堕ちたあらゆる罪人の中でも最も罪深い者たちの魂を焼くことで得られる、苦痛と怨嗟と悲嘆を養分にして育つ罪人の綿花から生み出されたそれは、世界で最悪の負の魔力に満ち溢れており、ありとあらゆる情欲を叶えるという。

 その持ち主こそ、下着を司る大悪魔コットンである。

 コットンは、地獄の綿パンツが誇る負の魔力と、最高の下着魔法の技でもって、大悪魔という恐るべき座に就いているのだ。

 ちなみに、デザインは割とシンプルらしく、フロントには小さな黒いリボンが一つだけ。生地は白色で、バックプリントでDEVILというポップ書体の文字と共に可愛らしくデフォルメされた悪魔のイラストが控えめに描かれているそうな。


 ドロシーが放つ怒涛の追及に、コットンは少し目を逸らしながらきまりが悪そうに呟く。


「盗られたの、千年前に。大体、あれがあれば人間なんかに捕まってないんだから! ほんっとむかつく! わたしのパンツ返せー!」

「はぁ……。貴女ほどの猛者からパンツを奪える者も気になりますが、今はそんなこと聞いてる時間はありません」


 事情はどうあれ、無い物を嘆いても仕方がない。禁術の下着魔法を効率よく使うならば、触媒としてパンツは必須だ。安物でもいいからひとまず調達する必要があるだろう。


「分かりました。急ぎますよ」


 ドロシーは駅へ向かう途中にある小さな服屋に飛び込むと、ワゴンから二枚組で銅貨二枚の子ども向け綿パンツを無造作にひっつかんで三秒で会計を済ませ、走って退店した。

「ほら、これでいいでしょう。さっさと穿きなさい」


 店外で待っていたコットンに投げて渡す。


「えー……これ、かわいくなーい」


 ドロシーが見ずに選んできた安物は、特に柄や装飾の無い色違いの二枚組だった。下着の悪魔なりにこだわりがあるのだろうが、知ったことではない。


「時間が無いのです。早くしなさい」

「ちぇー」


 コットンは文句を垂れながらもパンツを穿き終え、二人はなんとか汽車に間に合った。

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