第十一話 パンツの向こうに貴女がいる気がするの

「姫さま、入りますよ」

「どうぞー」


 フィルはベッドに腰掛けてドロシーを迎え入れた。

 ドロシーは静かに扉を閉めると、フィルに近づいてポケットからパンツを取り出した。リーネからフィルに贈られた、エルフ王族のパンツ。少々よろしくないもので濡れていたので、ドロシーがしっかりと洗い清めてある。


「お預かりしていた物をお返しに参りました」

「リーネちゃんのパンツだ」


 フィルはドロシーの手からパンツを受け取り、そこに目を落とす。

 希少素材入手のために染料を抜いてはいるが、見た目はしっかりと元に戻したのでフィルには気づかれないだろう。


「きちんと洗っておきましたよ」

「うん。ありがとう!」


 フィルはパンツを目の高さに持ち上げて、しげしげと眺める。そして、頬を薄ら紅く染めながら、もじもじし始めた。


「どうかなさいましたか?」

「なんか、お友達のパンツ持ってるって、ちょっと恥ずかしいね……」


 そう言って少し困り顔を見せるフィルがとても可愛らしい。

 確かに、少々珍しいシチュエーションである。一国の王女が、新しい友人である他国の王女の使用済みパンツを持って眺めている。フィル自身には邪な気持ちなど微塵もないだろうが、ドロシーは何か新しい境地を開拓してしまいそうだったので、意識して思考を中断した。


「わたしもパンツあげた方が良かったのかなあ」

「いけません!」


 不覚にも、ドロシーは反射的に大声を上げてしまった。フィルが肩を跳ねて驚く。


「あ、申し訳ありません……。しかし、あまりよろしくないかと」

「そうなの? でもエルフ族の文化かもって」

「確証があるわけではありませんから……」


 だったらリーネは何をしたかったんだと自分でツッコミを入れたくなる程いい加減な弁であったが、フィルは一応納得したようだった。

 フィルの脱ぎ立てパンツが堂々とリーネの手に渡るなどあってはならない。しかも状況からして生脱ぎの上、本人による手渡しになるだろう。


 ドロシーはその様子を想像した。

 フィルとリーネが向かい合い、お互いが恥じらいながらパンツを脱ぎ始める。するすると脚を下ってスカートの裾から現れたそれを、二人は手に取る。


「リーネちゃん」

「フィルちゃん」


 名前を呼び合い、脱ぎたてのパンツが互いの手に渡る。姫君同士のパンツ交換会だ。

 照れ隠しか、控えめなフィルの笑顔が眩しい。


 羨まし過ぎる!

 フィルの脱ぎ立てパンツはドロシーが手に入れなければならない。どこぞのお子さまエルフが手にしていい物ではないのだ。

 リーネとフィルが再び会うことは珍しいだろうが、そのようなことは起こさぬよう、ドロシーは心に決めた。


          *


 夜。

 既に部屋の明かりは落とし、フィルはベッドに入っていた。


――もっとお話したかったなあ。


 もぞもぞと寝返りをうちながら、フィルは寝付けずにいた。

 初めての友達。たった半日の間だったし、トラブルも起きてしまったけれど、楽しくて大切な時間だった。

 自分の部屋に来た初めての友達。ドロシーでも両親でもない、外国の女の子。

 横になったまま、静まりかえった部屋を見渡す。月と星の明かりだけが差し込む私室は、二人で過ごした時とは違う場所のようだ。


 フィルはふと思いつき、ベッドから起き上がる。そして衣装棚に駆け寄った。

 棚の上にはリーネから貰ったパンツが飾られている。下着を飾るのは変だろうかとも思ったが、大切な贈り物であるし、いつでも見えた方がリーネを近くに感じられると考えて飾ることにしたのだ。


 飾られているパンツを手に取り、ベッドへと戻る。そしてパンツを胸に抱いて目を閉じると、自然と心が落ち着いて眠気がやってきた。


――きっとまた会えるよね。


 温かな贈り物を胸に、フィルは穏やかな夢の中へと入っていった。

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