第四話 貴女のパンツが必要です

 物々しい雰囲気の中、王城から馬車の列が出発する。

 馬車は全部で五台。内約は、二台が各種物資運搬、二台が兵士や魔法使いなどの護衛人員、そして一台は御料馬車だ。御料馬車にはフィルとドロシーそして、タンガが同乗している。

 ここまでして危険な嵐の中を進まなければいけない理由は、まさしくこの嵐そのものにある。

 タンガがもたらした情報によれば、フィルこそがこの嵐を鎮める鍵となるらしい。そのために、フィルをインゴム族が暮らす土地まで連れて行かなければいけなくなったのだ。


 馬車には魔法によって強力な防護がかかっているが、激しく叩きつける雨風と止まない雷は馬車の中に容赦なく不安の音をまき散らす。恐れから体を寄せてくるフィルを撫ぜながら、ドロシーは目の前の男へ話しかけた。


「それで、詳しい事情は話してくれるのでしょうね」

「もちろんじゃ。既に城の皆には話したことじゃが……」


 災害の対処は急務であると言うことで慌ただしくも馬車に詰め込まれたフィルとドロシーであったが、会議に呼ばれたのが途中であったため細かい事情はまだ聞いていない。ドロシーとしては不満であるが、移動中にタンガから直接聞くこととなっていた。


「此度の嵐、これは我らが神鳥サンダーバードの怒りによるものじゃ」

「サンダーバードはなぜ突然怒りだしたのですか? このような嵐は王国の長い歴史の中でも確認されていませんが」

「それは我らが伝統的作法に則り、正しく祈りを捧げていたからに他ならん」

「今は出来ないのですか?」

「ああ、情けないことにのう……」


 タンガは指で顎をさすりながら話し始めた。


「我らインゴム族には神鳥に捧げる特別な踊りが伝わっておる。遙か昔に神鳥より賜った雷と羽を織り込んだ二つの衣を纏った若き巫女がこの踊りを捧げることで、荒ぶる魂を鎮めておったのだ。ところが、一年ほど前に集落で火事があっての、羽を織り込んだ衣が失われてしまったのじゃ」


 ドロシーは合点がいった。フィルが必要と言うよりは、フィルが穿いているパンツが必要なのだろう。何せこれはサンダーバードの羽を織り込んで作られた一級品。失われたという衣装の替わりとするつもりだ。


「そなたらの王に呼ばれて城へ足を踏み入れた途端に、ビビッときたのじゃ。ここに神鳥の衣が存在しているとな」

「理由は分かりましたが、これは譲れるようなものではありませんよ。もちろん他の誰かに穿かせるなど、もってのほか……!」


 知らず知らずのうちに言葉に力がこもっていた。ほとんど威圧に近い気配にタンガは若干引き気味に頷いた。

 フィルのパンツはフィルが穿いてこそ。他の誰かが穿くなどあり得ないとして、それでは衣装を必要とする伝統的踊りとやらはどうすればいいのかという問題は残る。新たな悩みにドロシーは頭を抱えた。


「ねえドロシー、どういうこと?」

「……後で説明しますね」


 肝心のフィルは自分が穿いている下着がどれほど貴重な品なのか知らない。自分が呼ばれた理由も分かっていないだろう。目の前の男は謎の超自然的知覚によってパンツの気配を察知したらしいので、確かにサンダーバードを崇める部族の長たる器はあるのかも知れない。


「ともかく、王命でもありますので私どもも協力はしますが、姫さまには絶対に危険の無いようにしてください」

「もちろんじゃ」


 せっかくの機会なので本来の目的であるパンツ用素材も手に入れたいところではあるが、今は目の前の問題だけで手一杯だ。

 重苦しい不安を詰め込んだまま、馬車は嵐の中を進む。


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