第三話 姫さまのパンツ公開会議

 雨が降り始めて十日が過ぎた。

 豪雨と暴風は一日たりとも収まることは無く、雷も続いていた。河川の増水と氾濫、山崩れの情報が地方より続々と集まってくる。外を出歩く人は減り、活気は無くなる一方。人々の不安は重い雨雲のごとく立ちこめていた。


「さすがに洒落にならなくなってきましたね」


 ドロシーは呟いた。

 窓の外は変わらぬ景色だ。分厚い雲と走る稲妻、そして叩きつける雨風ばかり。昼時なのに夜のように暗い。今朝会った洗濯係もまともな仕事にならないと嘆いていた。


「ねえ、ドロシー。雨いつまで続くの?」

「申し訳ございません。お天気のことは私ではどうにも」


 悲しい顔で尋ねてきたフィルに力なく応じる。

 このところ、フィルも外で遊べていない。いつもならば城の中庭を元気いっぱいに走り回っている時間だった。ドロシーを筆頭に城で働く使用人たちは快活なフィルが大好きだ。毎日残念そうに窓の外を眺めるフィルを見ているのは誰にとっても辛い。


「ううん。わがまま言ってごめんなさい。国のみんなはもっと大変なのに」

「姫さま……」


 子どものように見えても、王族としての立場をきちんと意識できているフィル。同い年の子どもであれば、もっとわがままを言ってもいいはずなのに。


「姫さまはとてもお優しいですね。きっと晴れますから、信じて待ちましょう」

「うん」


 すり寄ってくるフィルの頭を撫でてやる。

 しかしドロシーの心は晴れない。大悪魔コットンの言うところによれば、この雨の原因は伝説の巨鳥サンダーバードらしい。恐らく、ただ待っていて晴れるものではないだろう。

 サンダーバードからパンツ素材を採取できるチャンスと意気込んでいたドロシーであったが、いくらなんでも国が滅びればパンツどころでは無い。さすがに焦りを禁じ得なかった。


 ドアをノックする音が響いた。

 ドロシーが出ると、部下であるメイドの一人が立っていた。


「どうしましたか?」

「失礼します。国王陛下がお呼びでございます」

「陛下が? 分かりました。すぐに向かいます」

「姫さまも一緒にとのことです」

「姫さまも?」


 ドロシーが部屋の中を振り返る。フィルも今の話を聞いていたようだ。そこに浮かぶ怪訝な顔の意味は察せられる。国王はフィルの父親でもあるが、公私の別は厳格に区別する人間である。娘だからと公務の最中に訳もなく呼びつけることはあり得ない。理由があるとすれば、職務上の必要に迫られたということだ。

 何にしても、こんなところで考えても答えは出ない。ドロシーはフィルを連れて国王の下へと向かった。


          *


「来たか」

「お待たせいたしました、陛下」


 城内の大会議室。国王を始め、各部門の大臣たちと魔法の専門家や多数の知識人が詰めかけていた。続く悪天候に対する策を話し合いしているようだった。

 ドロシーは大勢の重鎮の中に見慣れない姿の男性を見つけた。その人物は老齢で、白く長い髭と眉を垂らし、独特の色合いを持つ民族衣装に身を包んでいた。


「間違いない、この娘じゃ!」


 男性は声を上げると、フィルの方へと歩み寄ってくる。

 ドロシーは職務意識から反射的にフィルの前に立とうとしたが、男性はそれを上回って素早かった。

 男性はフィルのスカートに手をかけると、あろうことか大きくめくり上げてしまったのだ!


「ひゃあっ!」


 突然のことに硬直するフィル。大きくめくりあげられたスカートの中から、パンツが露わになる。本日のパンツは偶然にもサンダーバードの羽毛を利用したという空色パンツだ。

 見れば大勢の視線がフィルへと集まっている。会議室を訪ねてきた直後に、入り口でこの騒ぎである。注目は当然だった。


「おおっ! やはり、ワシの勘は間違っておらんかった! これで救われるぞ!」


 丸出しになったパンツに顔を近づけ、興奮気味に話す男。言葉の意味は分からなかったが、ドロシーはすぐさまやるべき事にかかった。


「何をしているのですっ!」


 ドロシーが男の手を払う。スカートがふわりと元の位置に戻り、代わりに赤面したフィルの顔が現れた。


「姫さまになんということを」


――私もやったことが無いのに!


「一体、何者ですか!」


「まあ、落ち着いてくれ。フィルも許してやってくれないか」


 国王の言葉だった。


「陛下、しかし!」

「その方はインゴム族の長、タンガ殿だ」

「インゴム族というと……」

「此度の嵐、原因はサンダーバードによるものだという調査結果が出た。そこで、サンダーバードを空の神として崇める彼らに協力を要請した次第なのだ」


 王国も悪天候の原因に気づいていたのだ。

 ドロシーはタンガへと視線を戻す。


「うむ! 今、解決の糸口は見えた。さあ、我らとともに行くぞ!」

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