第二話 国家の危機よりパンツが大事
「――ということがあったのです。姫さまが健気な思いをパンツに込められたのだと思うと、感慨深いものがあります。姫さまの温かな心はきっと天に届くでしょう」
「ふーん」
フィルを寝かしつけた後、ドロシーは私室でコットンと話をしていた。
フィルの脱ぎたてパンツすり替え作戦は鋭意続行中だ。次の狙いはどうするべきか、新たな素材の入手機会はないか、こうして密な連絡を取り合っているのだ。
コットンはドロシーのベッドに腰を下ろしたまま、脚をぶらぶらと揺らしつつ言う。
「まー、叶わないと思うけどね。その願い」
「何故です?」
ドロシーが問うと、コットンは窓の外を見やった。
相変わらずの大雨。風も弱まるどころか強さを増しており、時折雷鳴も轟いてくる。荒ぶる空は静まる気配がない。このままの天候が続くのならば、城下町にも何らかの被害が出る恐れがあった。
「これ、ただの悪天候と違うからね」
「どういう意味ですか」
珍しく真面目な様子のコットンに、ドロシーも自然と気が引き締まった。ふざけてばかりのコットンであるが、この小娘は紛れもない大悪魔。かつて大陸を震撼させた恐るべき存在であることに疑いはない。ドロシーの知らない超自然的な何かを察知しているのだ。
「これね、サンダーバードの仕業だよ」
「サンダーバード……」
伝説の巨鳥、サンダーバード。
その翼は空を覆うほどもあり、頭上を飛べば昼を夜に変えてしまうという。
嵐を呼び寄せ、風と雷を自在に操る。その不思議かつ偉大な力から、古くより多くの民族の間で崇拝の対象となっていた。その伝説は古く、シタギア王国の成立以前から続いている。
王国成立後は少しずつ話も廃れてゆき、今では伝説の中の生き物だという認識が一般的だ。しかし、王国から外れたところに住む民族たちの間では、今も空の神として崇められている。
「何が起こってるのか分からないけど、ちょっと良くないよねー。ほっとくととんでもない被害になるかも」
コットンは大悪魔と言っても、下着を司る大悪魔である。決して、人類を滅ぼしたいとか街を蹂躙したいとか、破壊的な野望を持つものではない。主に人間の色欲に付け入って不道徳な混乱を巻き起こすことを是とする、どちらかといえば小悪党めいた存在だ。生命に真に迫る危機にはいい気がしないのかも知れない。
だが、そんなことはどうでもよい。
ドロシーが着目したのは、サンダーバードという存在についてだ。
「たしか、サンダーバードの羽毛を使ったというパンツがありましたね……」
ドロシーはフィルの私室から一枚のパンツを持ってきて、コットンの前で広げた。
薄い空色の生地に、白く抜かれたふんわり綿雲。温かな高空を閉じ込めてしまったかのような、清々しいパンツだ。バックプリントには鳥の翼が描かれている。サンダーバードを表しているのだろうか。
「うーん……」
コットンがパンツを眺めながら唸る。
「確かにサンダーバードの羽毛が使われてるんだけど、なんかデザインが合ってないよね。もっとこう、荒々しいイメージなのに」
また窓の外で稲妻が走った。夜を引き裂く雷鳴が響いてくる。
サンダーバードの特徴といえば、雷を操るという豪快な力。確かに爽やか清々しい空とは正反対と言えるかも知れない。
「確かにデザインのアンマッチ感は気になりますが、姫さまの脱ぎたてパンツが手に入るなら一向に問題ありません。伝説の中の存在であるサンダーバード。もしかしたらその姿を現す日が近いかも知れません。機会を逃さないようにしなければ……」
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