第四章 空を統べる嵐雲のパンツ

第一話 あした、天気になあれ


 そろそろフィル王女の入浴時間である。


 フィル王女の専属お世話係であるドロシーはフィルの私室へ赴くと、入浴時間である旨を告げる。フィルは私室でお絵かきの途中であったが、ドロシーの言葉を聞くと手早く紙と鉛筆を片付けた。聞き分けの良い、出来た姫君である。


「お着替えを準備しますので、しばしお待ちを」

「うん」


 ドロシーは箪笥を開くと、着替えを揃え始める。

 薄桃色のネグリジェと下着だ。フィルは寝間着にあまりこだわらない。いつもドロシーが用意した物を言われるままに着る。


 着替え選びはドロシーにとって楽しみの一つでもある。特にパンツに関しては。

 ドロシーはフィルのパンツが収められた段を引き出す。すると、ドロシーの視界に色鮮やかな天国が飛び込んでくる。

 繊細な気配りで整えられたパンツがずらり。配色にこだわり抜き、なめらかなグラデーションを描いて並べられたパンツたちはもはや芸術品。この瞬間だけは、ついつい仕事を忘れてうっとりしてしまいそうになる。


 さて、今日はどのパンツを穿いていただこうかと思案する。

 フィルの無垢を表すような白も良いが、爽やかさを前面に出した空色も良い。いやいや、弾けるような元気をいっぱいに発散するようなオレンジ色も良いかもしれない。

 それぞれのパンツを身につけたフィルの姿が頭の中で目まぐるしく変化し、ドロシーの心を惑わせる。


「ねえ、ドロシー」

「はっ! なんでしょう。姫さま」


 空想に没入しかけていたドロシーはフィルの言葉で我に返った。


「これにする」


 フィルがおずおずと出してきたのは、一枚のパンツ。……パンツ!

 ドロシーが箪笥に目を落とすと、パンツが一枚抜き取られていた。フィルが自分で選んだということだ。

 ドロシーはもう一度フィルの手元に目を向ける。

 そこにあったのは太陽の模様がバックプリントされた明るいパンツ。生地はシンプルに白色でリボンなどの装飾もない。だが、その控えめさが太陽の存在感を大きくしている。


「こ、これは……!」


 フィルが自分で穿くパンツを選ぶことはこれまでなかった。全てお世話係のドロシー任せだ。一体、何が起こったというのか。狼狽えるドロシーの問いに、フィルは答える。


「あのね、この頃ずーっと雨降りでしょ? だから、晴れたら良いなあって」


 ドロシーは窓の外を見る。

 空を分厚い雲が多い、月も星も見えない。それどころか強い風が窓をガタガタと揺らし、叩きつける雨が激しい音を立てていた。

 ここしばらくの間、このような悪天候が続いている。太陽のパンツは験担ぎということか。


 窓の外から激しい光。続いて腹に響くような轟音。雷が落ちたようだ。かなり近い。


「きゃあっ!」


 フィルがドロシーに抱きついてきた。


「分かりました姫さま、これにしましょう」


 ドロシーはフィルからパンツを受け取る。

 フィル自ら選んだパンツを穿いていただく。これまでに無かった新感覚の楽しみだ。しかも子どもながらの純粋な願いが込められているなんて、断る理由もない。


「雷が怖いのであれば、一緒にお風呂へ入りましょうか?」

「ひ、一人で大丈夫だもん……!」


 雷におびえるフィルと手を繋ぎ、ドロシーは浴室へと向かった。


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