第五話 二人の巫女

 一団がインゴム族の集落に着いたのは深夜のことだった。

 嵐はその勢力を衰えさせることなく、未だ王国に停滞中だ。原因がサンダーバードと分かった以上、事態を解決するまで収まることは期待できないだろう。


 馬車はインゴム族の皆が避難所としている大洞窟の中へと進んだ。洞窟全体に魔法による防護がかかっているのか、雨風はほとんど洞窟内に吹き込んでこなかった。


 フィルはすっかり眠ってしまったので、ドロシーが負ぶって馬車から降ろした。耳元をくすぐる寝息と背中に伝わる温かな感触が旅の疲れを癒やしてくれる。


「それで、具体的な話はこちらで受けられるのですね?」

「うむ。まずは会ってもらいたい者たちがおる。そこで話をしようではないか。姫君は客人用の天幕へお連れしよう」


 会議の場にフィルを寝かせるわけにもいかない。名残惜しいが、他の護衛にフィルを任せて、ドロシーはタンガに続いた。

 洞窟の奥地、分厚い布で仕切られた区画へと招かれる。暗い洞窟の奥地であっても、篝火が焚かれており、明るかった。


「事情を話して連れてくるでな。ここで待たれよ」


 タンガはそう言い残すと、さらに奥の幕をめくって姿を消した。

 篝火の燃える音だけを聞くことしばらく後、再びタンガが姿を現した。


「まずは、遠路はるばるのご足労に、感謝申し上げる。本来ならばきちんと歓待し、集落の皆を紹介したいところだが、夜も遅いし、なにより一刻を争う状況じゃ。早々に本題へ入るとしよう」


 タンガはそう言った後、幕の外へ向けて「入りなさい」と声をかけた。すると、奥の幕がめくりあげられ、二人の人物が入ってきた。


 入ってきたのは二人とも少女だ。顔に浮かぶ幼さからして、年の頃はフィルとさほど変わらないだろう。同じ茶色の髪色をしており、一人は肩ほどで短めに切りそろえられ、もう一人は腰まで伸びている。

 短い髪の少女は堂々とドロシーを見据え、長い髪の少女は顔を伏せがちで、ちらちらと伺うようにドロシーを見た。


「この二人が、馬車の中で話した巫女じゃ」


 神鳥の衣を纏って踊るという、件の巫女か。


「私はアサ。こっちはリネンよ」

「は、はじめまして……」


 髪の短い方が自己紹介をし、遅れて髪の長い方が続いた。


「はじめまして。私はドロシー・ギタボ。フィルネリア王女のお世話係です」

「ふうん……。で、本人はどこにいるわけ?」

「は?」

「は? じゃないわよ。その王女様とやらがリネンの代わりに踊るんでしょ? さっさと連れてきなさいよ」


 いきなり無礼な言葉をぶつけられ、ドロシーはタンガを睨んだ。一体どういうことかと視線で説明を求める。アサが発した言葉の内容も看過できない。代わりに踊るとはなんの話だ。


「おい、お客人へ向けて失礼じゃぞ。ドロシー殿、申し訳ない」

「そんなことよりも、姫さまが代わりに踊るとはどういうことです?」

「ううむ……。先ほど説明したとおり、神鳥を鎮めるためには、神鳥の衣に身を包んだ巫女の踊りが必要となる」

「それは聞きました」

「そして、巫女と衣は常に一対の存在なのじゃ。つまり、衣の持ち主が巫女とならねばならん」

「それで、持ち主である姫さまに踊れと」

「ご、ごめんなさい。わたしが大事な衣を燃やしてしまったせいで……!」


 リネンが顔を覆って泣き始めた。事態の原因はこの娘にあるようだ。心底悔やんでいるようだし、この涙も本物だろう。しかし、そんなことで情を動かされるドロシーではない。


「あなた方は姫さまをなんだと心得ているのですか」

「じゃあどうすんの? その王女様と一緒に国ごと沈む? やるしかないのよ」


 ドロシーは言葉に詰まる。この減らず口に言いたいことは山ほどあるが、現実はそれなのだ。大悪魔たるコットンも、この雨はただの悪天候ではないと言った。解決にはフィルが踊る必要があるらしい。


「……とにかく、一度姫さまには相談します。明日まで待ちなさい」


 ドロシーはそれだけ言い残すと、フィルの眠る天幕へと向かった。

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