第六話 えっ……パンツ一丁で踊るんですか?

 翌日、ドロシーは天幕の中でフィルに説明した。

 雨を止めるにはサンダーバードを鎮める必要があること。そのためにはフィルの持ち物であるパンツが必要であること。さらに、そのパンツを身につけたフィルが踊らなければならないこと。

 馬車の中でタンガとの会話を聞いていたためか、事情はすぐに理解してくれた。


「私としても心苦しく……」

「ううん。だいじょうぶ。わたしが踊ればいいんだよね」


 フィルは立ち上がり、どんと自分の胸を叩いた。


「まかせて! わたし踊りは得意だもん。きっとできるよ」


 王族の嗜みとして、フィルは踊りの稽古もつけられている。きっとここの踊りもマスターできるだろう。


「わたし、がんばるからね。きっと雨止むよ!」

「姫さま……」


 洞窟の外からは今も雨の滴る音が響き続けている。それでもフィルの笑顔は晴れやかで、ドロシーには眩しかった。


          *


「へえ……あんたが王女様ね」


 アサがフィルの体をじろじろと眺める。高圧的な態度と無遠慮な視線にフィルは少しだけたじろいだ様子を見せたが、すぐに持ち直した。


「はじめまして。わたしはフィルネリア・ショート・シタギア。フィルって呼んでね」

「そ、あたしはアサ。こっちがリネンよ」

「リネンです。よ、よろしくおねがいします……」


 洞窟の一部に、踊りを練習するためのスペースを用意してもらえたので、ドロシーとフィル、そしてリネンとアサはさっそく行動を始めた。

 フィルに対するアサの尊大な態度には腹が立って仕方ないが、他ならぬフィル自身から口出し無用との言いつけを受けているため、なんとか堪えている。いまは自己紹介する三人を少し離れたところから見守っているところだ。


「分かってると思うけど悠長なことはしてられないから、さっさと覚えなさい」

「うん。がんばるよ!」

「いいわ。じゃあ始めるわよ」


 そう言うと、どういうわけかアサが服を脱ぎ始めた。フィルとドロシーは面食らったままそれを見つめる。何が始まったのか。


「何してんの? あんたも早く脱ぎなさいよ」

「えっ、でも踊りの練習をするんじゃ……?」


「聞いてるでしょ? 必要なのは踊りだけじゃないのよ。神鳥から賜った雷と羽を織り込んだ衣がそれぞれ必要なの。ほら、こっちは雷よ」


 そう話しながら服を脱ぎ終えてパンツ一丁になったアサが、自分のパンツを摘まんでみせた。雷雲を思わせる暗いグレーの生地に鋭く走った黄色のライン。まさしく雷を思わせるデザインのパンツだった。受け継がれている品物だけあって、生地のくたびれ具合や補修跡から年季が入っていることが分かる。

 インゴム族に受け継がれている神鳥の衣もパンツだということをドロシーは今になって知った。


「うん、聞いてるよ。だから、わたしも言われたとおりのパンツ穿いてるんだけど……」

「見せてみなさい」

「うう……」


 フィルは少し迷った様子を見せた後、もじもじとしながら自分でスカートをたくし上げた。自分から人前に下着を晒す恥ずかしさからか、アサから視線を外して赤面するフィル。その下に目をやれば、空色のパンツが露わになっている。

 アサは腰を屈めると、鼻が付きそうな程にパンツへ顔を近づけて検分する。フィルはぷるぷると頬を震わせながら羞恥に耐えているようだった。ドロシー以外の人物に裸体や着替えを見せることは基本的に無い。ましてや、ここは浴室や更衣室ではないのだ。


「確かに、神鳥の衣みたいね。羽が織り込まれているのが分かる。じゃあさっさとそれ以外を脱ぎなさい」

「なんで……?」

「なんでもなにも、踊りは神鳥の衣を身につけて行うものよ」

「えっ!」


 衝撃の新事実。サンダーバードへ捧げる踊りはパンツ一丁でしなければならないらしい。


「お待ちなさい」


 さすがに黙っておれず、ドロシーが口出しした。


「姫さまに裸踊りをしろと?」

「パンツまで脱げとは言ってないわよ」

「今初めて知りましたよ」

「いつ知ろうが、やることは変わんないでしょうが」

「くっ……!」


 よもや自分以外の者にフィルの下着姿を晒すことになるとは。しかもそんな姿で踊るなどと破廉恥な。しかしドロシーに返す言葉はなく、拳を握りしめたまま黙るしかなかった。


「ほら、脱ぐの? 脱がないの?」


 威圧的に迫るアサ、スカートをたくし上げたまま硬直するフィル、二人を交互に見ながらオロオロとするリネン。遠くの雨音だけが響く緊迫した空気は、やがてフィルによって打ち破られた。


「脱ぐ」

「姫さま……!」

「脱ぐもん!」


 フィルが宣言した。スカートがストンと落ち、シャツがひらりと舞った。フィルが身につけていた衣類が一つ一つ剥がれてゆき、ついにパンツ一枚だけの姿でアサと向かい合った。


「いいわ。それじゃあ始めましょうか」


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